背中を向けあい別の道

 それはとても唐突だった。

「フェリクス!」

 呼び止めたナマエの声はいつもよりいくらか切羽詰まっている。
 珍しいその様子にフェリクスが足の先をナマエへ向けた。

「なんだ。何か用か」

 普段と変わらないフェリクスの声がなぜか冷たく感じて、ナマエは口を尖らせる。

黒鷲の学級アドラークラッセに転入するって、本当?」

 ついこの間、ベレトがフェリクスを探していたのは知っていた。
 それを伝えたのは誰でもないナマエなのだが、まさか探していた理由が転入の誘いだなんて思いもしない。

「ああ、本当だ」

 顔色一つ変えずに答えたフェリクスに、ナマエはこれ以上ないくらい眉を下げた。

「なーんでよー⁉ 私たちと一緒にいたくなくなった?」

 ナマエが距離を縮めようと踏み出すだけフェリクスも後退する。
 一向に縮まらない間隔に焦れたナマエは地団駄を踏んだ。

「喧しい……。ただ、あの剣を近くで見るのも悪くないと思っただけだ」

 心底面倒だというように額へ手を置いたフェリクスが吐き捨てる。
 ナマエはまだ納得していないらしい。口を尖らせたままフェリクスを見た。

「フェリクスがいないと、殿下もイングリットもシルヴァンも寂しがるよ」
「知らん。子供じゃあるまいし」

 即座に切り捨てられたナマエが唸る。
 まだ何か言いたいことがあるのか。
 フェリクスはナマエの唇が何か言いたげに小さく動いたのに気付いた。

「言いたいことがあるなら言え」

 珍しく歯切れの悪いナマエを促すと、一瞬視線が揺れる。

「……私が一番、さみしい」

 絞り出された声は誰のものかわからないくらい弱々しい。
 しおらしい態度のナマエはここ数年で一度も見たことがなく、フェリクスが目を剥いた。

「……今生の別れと言うわけじゃないだろう。そもそも、士官学校にはいる」
「そうだけどさー」

 フェリクスの言うことは最もだけど、そういうことじゃないんだよね。
 ナマエは再び口を尖らせた。

「そんなに口を尖らせるていると、そういう顔になるぞ」
「ならないもん。なってもかわいいもん」
「厚かましいにも程があるな」

 シルヴァンあたりがかわいいって言ってくれると信じて疑わないナマエは退かない。
 フェリクスがため息を吐いた。

「お前は笑っている方がまだいい」

 口を尖らせて拗ねているよりも。
 付け足された声は照れたのか早口で、うまく聞き取れなかった。

「え?」

 聞き返したナマエをフェリクスが睨んだ。

「頭を空っぽにして一人で笑ってろ」
「え、えー……」

 これはどう受け取ればいいのか。
 悩んだナマエが小さく首を傾げる。
 鼻を鳴らしてそっぽを向いたフェリクスの耳が若干赤い。

「……もー、ほんと素直じゃないなあ」

 自然と頬が緩んだ。
 一歩フェリクスとの距離を縮める。フェリクスはもう逃げなかった。

「ねー」
「なんだ」

 嫌がられないことをいいことにフェリクスのすぐ隣に並ぶとようやく目が合う。
 何年前からか自分よりも高い位置にある瞳はいつ見ても優しい。

「学級違くても遊んでね。ご飯も一緒に食べようね。街にも遊びに行こうね」
「……まあ、いいだろう」
「へへ、素直なフェリクス珍しい」
「よっぽど殴られたいようだな」

 顔をしかめて拳を握りしめたフェリクスに、ナマエは笑って「ごめんってー」と謝る。

「嬉しくてつい。フェリクスといっぱい一緒にいたいんだもん」
「……物好きなやつだ」

 舌打ち混じりの呆れるような声にナマエが一層笑みを深めた。

「そうかも」

 柔らかくて甘いナマエの言葉に、フェリクスは喉の奥が引きつるような胸焼けのような不思議な感覚を覚えた。
 
「ねー、フェリクス」

 緩く細められた瞳が真っ直ぐフェリクスを射抜く。縁取られた睫毛が震えるのが見えた。

「学級が違くても、何も変わらないよね」

 ────本当に言いたかったのはこれか。
 長すぎる前置きがナマエの本質を表しているようでフェリクスは大きく息を吐いた。

「そう簡単に変わるような付き合いをしてきた覚えはない」

 フェリクスの答えを聞いたナマエが安心したように頬を綻ばせる。

「うん。そうだよね、うん」

 何度も噛み締めて繰り返すナマエを見ていると、何故か庇護欲のようなものが掻き立てられて落ち着かない。
 こういったところが、シルヴァンもイングリットもナマエを放っておけない所以か。

「フェリクス、黒鷲の学級アドラークラッセに行ってもいっぱい頑張ってね!」
「……ああ」

 真っ直ぐなナマエの視線から逃げるように、フェリクスはそっと目を逸らした。