この手を掴んで傍にいて

「あれっ、フェリクスさんサボりですか〜?」
「お前と一緒にするな、ナマエ」

 ぶっきらぼうに言い捨てられて、ナマエと呼ばれた少女が口を尖らせた。

「えー、やだなぁ。私これでも真面目だから授業をサボったことは一度もないのに」
「どの口が言っている。現に、今ここにいる時点でサボりは確定だろう」

 時計の針はまだ授業中の時間を指している。

「たまたま授業が早く終わったんです〜」

 ナマエがスカートを風に揺らして、地面に寝転ぶフェリクスの隣に腰を下ろした。
 屋上に吹き付ける四月の風はまだ冷たい。

「嘘だな」

 フェリクスがぴしゃりと撥ね付けた。
 むっとしたナマエは唇を尖らせたままフェリクスの顔を覗き込む。

「そーんなこと言ってるフェリクス先輩はこんなとこでサボって何してるんですかねー?」

 白い肌に、男の人にしては長い睫毛。通った鼻筋と薄い唇はお行儀良くバランスをとって鎮座している。
 その唇が小さく開いた。

「……平和すぎてつまらん」

 吐き捨てられた言葉にナマエは一瞬目を丸くし、そして、吹き出した。

「もー。フェリクスって、ほんと、乱世に生きるサムライって感じ」
「……チッ。喧しい」

 ころころと笑うナマエへ舌打ちしつつ目蓋を閉じる。鳥のさえずりさえ聞こえるこの場所は平和以外の何物でもない。
 ひとしきり笑ったナマエが息を吐いた。

「私は平和な方がいいなぁ。フェリクスと一緒にいられるしねー」
「別に平和が嫌だとは言っていない」

 伸びをしながら言ったナマエに、フェリクスは目を閉じたまま鼻を鳴らした。

「はー……。その素直じゃないのはどうしたって直んないんだねぇ」
「お前の減らず口もな」
「フェリクスに言われたくなーい」

 ナマエが寝転がるフェリクスを見下ろして唇を尖らせた。
 そんな顔になるぞ、と見てもないのに言われて思わず口角が上がる。
 よく分かってるなあ、なんて。

「ねぇ、フェリクス」
「なんだ」

 視線を空へ向けたナマエは一本の飛行機雲を目で追う。
 フェリクスの目蓋が開いた。

「約束守ってくれて、ありがとう」

 緊張からなのか、声が震える。
 それをフェリクスは鼻で笑った。
 
「呪われるのも厄介だからな」
「いや呪わないし!もー、ほんと相変わらず」

 ナマエが言葉途中で口を噤む。
 言うのを躊躇ったような間を、フェリクスは許さない。

「相変わらず、なんだ」

 肘をついて上体を起こしたフェリクスの瞳がナマエを真っ直ぐ捉えた。
 その視線に促されたナマエの唇は小さく小さく震えて、やがてゆっくり言葉を紡ぐ。
 
「……素直じゃなくて、優しくて」

 この先は一度も言ったことがない。
 言いたくて言いたくて、言えなかった。
 再び間が空いたが、今度はフェリクスに促されるよりも先にナマエが続けた。

「そういうとこが好き」

 吐き出した声と頬が熱い。
 油断すれば目頭にさえ熱が集まりそうだ。
 唇を尖らせてそれを堪えるナマエに、フェリクスが珍しすぎる穏やかな調子で応えた。

「物好きだな」

 酷く優しい声に、もう我慢はできなかった。
 ナマエの頬を伝う涙を見てフェリクスがうっすら微笑む。
 伸ばし続けてきた手を、もう一度伸ばした。

「フェリクス、好きだよ」
「……ああ、俺もだ」

 ようやく重なった手のひらは、もう二度と離さないというように強く強く握りしめられた。