さよなら、いい夢を

 雨の降るタルティーン平原で真っ直ぐ捉えたフェリクスはディミトリと同じ顔をしていた。
 きっと何人も殺して、心も少しずつ死んでいったのだろう。ナマエを見た暗い瞳は一瞬僅かに優しさが滲んで、絶望に変わった。
 それはたったの一秒にも満たない時間だったがそれで充分だ。
 ナマエは剣を握る手に力を入れ、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「シルヴァンは優しいからきっと殺せない。だから、私がフェリクスを斬る」

 説得なんてものは無しだ。お互い譲れないものを信じてここに立っている。

「できるものならやってみろ」

 五年前より少し低くて暗い声に、ナマエは唇を噛み締めた。
 ────これで、最後。
 長いようで短かったすれ違いはここできっと決着を迎える。もう二度と交わらることのない道は、ここで終着する。
 顔を上げたナマエとフェリクスの視線がぶつかった。
 瞬時に迷いのない太刀筋がフェリクスへ真っ直ぐ飛ぶ。
 何度も剣を交わしてきた。お互いの癖も、動きも読めている。ぶつかる剣と剣が高い音を響かせ、鼓膜を震えさせた。
 魔法は使わない。
 小細工なしの真剣勝負だ。
 鋭く斬り込むフェリクスの剣を受け流し、ナマエが素早く突きに入る。
 それをフェリクスがいなして、わずかに空いた隙を狙う。
 訓練とは違う本気のやりとりは、何かを考える余裕なんか無い。躊躇した方が負ける。
 雨でぬかるむ地面を蹴り、顔に張り付く髪は気にも留めない。
 お互いがお互いしか見ていない戦場で、剣は言葉よりもずっと雄弁に語った。
 ────愛を持って、殺す。
 重なった剣が、ぶつかった視線が、熱い。
 ナマエは自然と口角が上がるのを感じた。
 
 どれくらい、何回、剣がぶつかっただろう。
 胸を貫いたのは、フェリクスの剣だった。

「……あーあ」

 自身の胸に刺さった剣を見て、ナマエが力なく笑った。
 諦めたような、安心したような笑顔は道を分かつ前と何一つ変わらない。
 幼い頃から真っ直ぐに見つめてきた瞳がフェリクスを映して、細められる。

「えへへ、さいごに、見る顔がフェリクスで……よかった……」

 伸ばされた手はつかめない。届かない。
 フェリクスの表情が苦しそうに歪んだ。
 子供の頃のように縋りつく手も、花が咲いたように笑う顔も、嬉しそうに名前を呼ぶ声も、全部。────全部、自分が切り捨てた。

「約束、まもって、ね」

 ナマエの体が地面に倒れ、剣が抜ける。
 掠れた声で最後に残された言葉は痛いくらい心に刺さった。

「……お前はひどいやつだな」

 どっちがー!? なんて言いだしそうなナマエの唇はピタリと閉ざされている。
 もう二度と聞けない声を欲する自分を嘲笑うかのように、ナマエの顔は安らかだった。




 タルティーン平原での戦いで勝利を収めた帝国軍は、その後王都フェルディアを教団ごと陥落せしめた。
 フォドラ全土統一を果たした帝国は、皇帝エーデルガルトによって強固な中央集権制を布くと、貴族制度の打破に向けた改革に着手。
 身分と紋章によらない新たな世界の実現に乗り出した。

 戦いに貢献した元王国出身の戦士は、帝国によるフォドラ統一後、ふらりと行方をくらませたらしい。
 その行き先は元王国領土とも、はたまた海の向こうとも語り継がれているが、真相は誰も知らないままである。