彼の鱗は愛だけをはじいた

「ちっ、違うんですって! お茶会! そうお茶会してただけで! なあ、ナマエ!」
「そっ、そうです! 別にやましい事はなにもしてないです!」
「まだなにも言ってない」

 慌てるナマエとシルヴァンに対してディミトリは大きく息を吐いた。
 
「……こんな時間に異性の部屋に入るのはどうなんだ、ナマエ」
「あの……、相談に乗ってもらってて」
「相談?」

 視線が泳いだナマエをじっと見据えるディミトリの顔は険しい。
 ナマエが意を決したように口を開いた。

「恋愛相談を! シルヴァンにしてまして!」

 目を剥いたのはディミトリだけではない。
 隣でどうしたものかと脳を回転させていたシルヴァンも予想外の返しに驚いていた。

「れ、恋愛相談?」

 ディミトリが言葉の意味を理解するようにゆっくり繰り返す。
 慌てているのか混乱しているのか、ナマエは食い気味に頷いた。

「そうです! ほら、だって、シルヴァンが幼馴染の中じゃ一番そういうことに詳しいじゃないですか」
「まあ、たしかに、そうだが」
「でしょう⁉」

 勢いに押されてディミトリが肯定する。
 安心したナマエを、「だが」というディミトリの一言が裏切った。

「だからといってこんな時間に部屋に行くのはどうなんだ」

 叱責された事柄は散々シルヴァンにも言われていたことなので耳に痛い。
 視線を落としたナマエは、反論の余地もないと潔く謝った。
 
「そっ、それはすいません……」

 ディミトリの視線が微妙な表情のシルヴァンに移る。

「シルヴァンもだ」
「俺完全に被害者なんですけどねぇ」

 ため息を吐いたシルヴァンをディミトリが軽く睨みつけ、その場は解散となった。


◇ ◇ ◇ ◇


「シルヴァン」

 あの騒動から数日、シルヴァンの部屋を訪れたのは件の騒がしい妹分────ではなく、ディミトリだった。

「どうしたんです? 殿下」

 珍しい客人に戸惑いつつも室内へ促す。
 最近は夜遊びもしていないので怒られることは無いはずだ。

「その、ナマエのこと、なんだが」

 部屋に入ったディミトリがやや躊躇しながら切り出したのは、予想だにしない話題だった。

「えーと。ナマエのこと、というと?」

 おそらくこの間のことだろうが、シルヴァンは一応確認の意味を込めて訊く。
 ディミトリの視線が一層泳いだ。

「あいつの好きな奴というのは……その、本当に恋愛感情としてなのだろうか」

 やっぱりこの話題だよなぁ。
 吐きかけた溜息を辛うじて飲み込んだシルヴァンは、首肯してみせた。

「そうだと思いますけどね」
「そ、そうか……」

 考えるような悩ましい表情で腕を組んだディミトリは何かを懸念しているのか。

「名前は言えませんけど、まあそんなに心配しなくていいと思いますよ」

 シルヴァンが付け足した言葉にディミトリは短く「ああ」とやや上の空な返事をした。
 
「……なんだか、寂しいものだな」

 どうやら自身の感情を探していたらしい。
 ようやく吐き出した台詞は、本心から出たものだと簡単にわかるほどの声色で告げられた。

「そうです?」

 おおっと、これは。
 シルヴァンは思いがけない展開に緩みかけた頬をなんとか抑えた。

「ああ。妹のように思っていたし……」
「ナマエが聞いたら怒りますよ」

 そんなことを言いつつ、ディミトリの顔は妹分を想う顔じゃない。
 軽口を投げると、口元に笑みが浮かんだ。

「いつのまにか、離れていくものなのだな」

 やや自嘲じみたそれをシルヴァンが諫める。

「……一回ナマエと話したらどうです? 案外教えてくれるかもしれませんし」
「どうだろう」

 すっかり消沈したディミトリは見ていられるものじゃない。
 シルヴァンがやや強く進言した。

「やる前から諦めてどうするんです。そんな弱気だと成せるものも成せませんよ」

そうだな、と返ってきた声はやはり弱かった。