愛し方不明により
「もうだめだ、絶対なんか勘付いてる、なにか気付いてるよあの人────!」例によって例の如く部屋に無理やり押しかけてきたナマエが拳を握って叫んだ。
夕飯を終えてしばらく、珍しく部屋で本を読んでいたシルヴァンは予期せぬ来訪者に驚きつつ、呆れの色を表す。
隣の部屋に人がいる気配はない、が。
「頼むから、人の部屋で叫ぶなよ……」
おそらくこの時間ならディミトリもフェリクスもまだ訓練場にいるだろう。
さすがに三つ隣の部屋まで聞こえるような声量ではないが、安心はできない。
シルヴァンが口を押さえにかかったのを、ナマエは難なく避けた。
「静かにするから聞いてよシルヴァンお願い」
一呼吸で言い切ったナマエに、シルヴァンは潔く諦めて話を聞くことにした。
ここで何を言ったってナマエはきっと折れないだろう。ならば、さっさと聞いて終わらせようという魂胆である。
「ほんと……しょうがない奴だよ」
「わーい! お礼にこれ持ってきたから飲も」
ナマエがシルヴァンに手渡したのは、ベルガモットティーだった。
暗に入れろと言っているのか。
シルヴァンはため息をついて、重たい腰を持ち上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「で、今日は何があったんだ?」
先日どこかの女の子からもらった菓子も開けて本格的にお茶会が始まると、シルヴァンが早々に切り出した。
茶器に唇をつけたナマエは一口紅茶を味わって、自身を落ち着けるよう息を吐き出す。
「今日、殿下と釣りをしたんだけどね」
「それはまた。珍しいな」
「私もそう思う。……で、最初は昔話に花を咲かせてたの」
ナマエの視線が紅茶の水面に向けられた。
茶器を支える両手は微かに震えている。
「そこから、なぜか……。なぜか、私と殿下の距離感の話になって」
眉根がぐっと寄せられ苦い顔になったナマエが絞り出すように続けた。
「なにか隠し事してないか、って」
「……あー、なるほど」
簡単に理解したシルヴァンは頷きながらナマエへ視線を向ける。
ナマエもまたシルヴァンを見ていた。
「そんで? 殿下が何かしら勘付いてるんじゃないかって?」
「そういうことです」
ナマエの返答を聞いて、シルヴァンが静かに紅茶を飲む。
微妙な静寂が広がった部屋で、ナマエは落ち着きなく焼き菓子に手を伸ばした。
「まあ、殿下も勘が悪い訳じゃないしな。色事に疎いのは確かだけど」
シルヴァンがため息混じりに吐いた言葉はナマエもよく分かっている。
勘は鈍くない。でも、恋愛事になると途端に鈍くなる。
「何をどこまで気づいてるのかな……」
「んー、何も気づいてないんじゃないか?」
そうなのかな、とナマエが視線を再び紅茶に戻した。
「まさかナマエが自分に恋愛感情を持ってるなんて思いもしないだろうさ」
「それもそれで複雑」
「……お前ほんと面倒くさいな」
呆れるように紅茶を呷るシルヴァンを無視して、揺れる水面を眺める。そこに映る自分の表情は酷く不安定なものだった。
「私は、殿下とどうなりたいんだろ」
隣に並んでいられたら良かったはず。
士官学校に入って、手の届く距離にいるような気がしてしまったのがいけないのか。
自問したナマエを、シルヴァンは緩く口角を上げて見た。
「そんなの簡単じゃないか」
「簡単?」
ゆっくり視線を持ち上げたナマエは、わからないといったふうに眉を寄せている。
シルヴァンが咳払いをした。
「好きなやつの一番になりたい。もっと近づきたい。そう思うのは自然だろ?」
ぱちりと瞬きをしてナマエは口の中でそれを反芻する。
一番になりたい。もっと近づきたい。
たしかにそれは最近の胸中にピタリと当てはまるような。
「は、恥ずかしい……」
自分の欲を漸く理解して、ナマエの頬が一気に熱くなる。
誤魔化すように紅茶を口にしたが、紅茶も温かいので熱が引くことはなかった。
「恥ずかしさとかあったのか」
「失礼だね⁉ あるよ!」
「冗談だっての」
シルヴァンが赤面したナマエを笑う。
空になった茶器を置いたナマエは口を尖らせて席を立った。
「今日はもう帰る……頭が追いつかない」
「はいはい。ってかこの間も言ったけど夜じゃなくて昼に来い、昼に」
「うん……努力する」
己の欲深さを知って衝撃を受けたのか、ナマエの足取りは覚束ない。
廊下へ続く扉はシルヴァンが開けた。
「大丈夫か?」
「まあ、なんとか……」
部屋から一歩踏み出した瞬間、ナマエは頬の熱が一気に下がるのを感じた。
シルヴァンもそれは同じようで、扉から出した顔が思い切り引きつっている。
「ナマエ、シルヴァン。こんな時間に何をしているんだ?」
厳しい表情のディミトリがちょうど自室の扉を開けようとしてたところだった。