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盤面遊戯とハンカチ


 さて、どうしたものか。
 ナマエは至極真面目な顔で思案を巡らせていた。かつてこれほどまでに頭を悩ませたことがあっただろうか────いや、ない。
 自分で言うのもなんだが、この世に生を受けてかれこれ十七年、大抵のことは勢いで乗り切ってきた。乗り切れたのだ。
 そんなナマエがなぜこんなにも悩んでいるのかと言うと。

「もう、気づいたら花冠の節……!」

 想い人の誕生日がすぐ目の前まで迫っているからである。
 もうすぐだなあ、なんて呑気に過ごしていたら一週間を切ってしまった。
 これはまずい。
 何が欲しいのかもまだ訊いていない。でも今訊いたら完全に誕生日に贈り物をすることがバレてしまう。
 もっと早く訊いておけば、と後悔しても、もう遅いのだ。

「お花、お菓子、本、武具……」

 あれこれ思い浮かべてもいまいちピンとこないのはなぜだろうか。

「シルヴァンって何が好きなんだ……?」


◇ ◇ ◇ ◇


「知らん。他を当たれ」
「お願いだよフェリクスくん、もうあと四日しかないんだよ……」
「それまで放っておいたお前が悪い」

 まったくもってその通りなのだが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 ナマエは呆れるフェリクスの腕を捕まえて、ぎゅっと力を入れた。

「教えてくれるまで逃さないもん」
「……とんだ馬鹿だな、お前は」

 この程度どうにでもなる、とフェリクスは難なくナマエの手を振り払い、呆れたようにため息をついた。
 悔しさと驚きの混じった顔がフェリクスを見る。

「フェリクスくん、お願いだよ〜!」

 一瞬惚けたナマエは、慌ててもう一度フェリクスの腕を掴んだ。
 忌々しげに鳴らされた舌の音が上から降ってきたが、そんなことで負けていられない。
 だって、年に一度、それも士官学校で過ごす誕生日は一生に一度しかないのだ。
 自己満足だと言われてしまえばそれまでだが、好きな人の誕生日を素敵なものにしたいという気持ちは強い。

「知らん。あの馬鹿はお前からならなんだって喜ぶだろう」
「そんなことあるわけないじゃん……」

 シルヴァンから見た自分は、その他大勢の士官学校女子生徒である。
 付け加えるなら同じ学級ということくらいで、彼がそんな自分からの贈り物を手放しで喜んでくれるとは考えられない。
 ナマエの眉が下がったのを見て、フェリクスは再び大きくため息をついた。

「適当にハンカチでもやっとけ」
「なるほど、ハンカチ……。ありがとうフェリクスくん!」

 提案された物は確かに贈り物向きで、しかもシルヴァンが喜びそうな線である。
 やはり頼るべきは付き合いの長い人間だ。
 ナマエは短くお礼を言って、商人たちの集まる市場へ足を進めた。


◇ ◇ ◇ ◇


「悪いが、さっき売れてしまったんだ」

 意気揚々と南の商人に注文を言うと、申し訳なさそうな声が返ってくる。

「えぇ⁉ つ、次はいつ……」
「また来週だな」
「それじゃ間に合わない……」

 せっかくいい案をもらったのに、とナマエが項垂れた。
 どうしよう、他に何か。

「盤面遊戯は!」
「悪いなぁ、それもさっき」

 とことん運がない。
 本当にさっきまであったんだが、という商人の慰めは余計に心を痛めつけた。
 これは女神様が調子に乗るなと言っているのだろうか。
 市場を後にして、暗い表情で歩くナマエへ声をかけたのはベレトだった。

「ナマエ?」

 普段の面影もないくらい沈んだナマエを見つけて不思議に思ったのか、ベレトの顔はなんともいえない。

「先生……」
「随分、沈んでいるような」
「聞いてくれますか! 先生!」

 考えるように顎へ手を置いたベレトにナマエが泣きついた。ベレトが何か言うよりも早く、ナマエの口が動く。
 もうすぐシルヴァンの誕生日なのだがいい贈り物が思い浮かばずうんぬんかんぬん。

「……なるほど」

 ここに至るまでの経緯を長々とナマエが話すのを、終わりまで黙って聞いていたベレトが神妙に頷いた。

「何か良い案あります? それか、シルヴァンが好きなものとか知ってますか?」

 好きだのなんだの言っておきながら、ここまで何も浮かばない自分に嫌気がさす。
 眉を下げたまま訊くと、ベレトはなんとか絞り出すように答えた。

「シルヴァンなら……適当に女の子でも」
「お、おんなのこ」

 たしかにそれはそれで喜ぶかもしれない。
 今からシルヴァンの好みそうな女の子を探してみるか────いや、私の心が死ぬ。

「他のでお願いします……」

 ベレトもこの案が通るとは思ってなかったのだろう。特に何を言うでもなく、あっさりした様子でまた考え始めた。
 
「うーん、花冠の節……」

 これから暑さも本格的になるだろうから、それに合うものがいいだろうか。
 ナマエが呟いた言葉に、ベレトは「花冠の節か」と繰り返した。

「ナマエ、花冠はどうだろう」
「へ?」
「この節に、白い薔薇の花冠を贈る風習があると前に誰かから聞いてね。贈り物にはいいんじゃないか?」

 目から鱗。
 幼い頃は毎年この節を楽しみにしていたのにすっかり忘れていた。

「先生〜! それめちゃくちゃ素敵!」
「良かった。たしか、この近くにも白い薔薇が咲いてるところがあったよ」
「ほんとですか! もう、最高です先生!」

 喜ぶナマエにベレトの表情もやや緩む。
 とにかく贈り物が決まって、ナマエは安堵の息を漏らした。