花冠とベルガモット
花冠の節、5の日。
シルヴァンは朝から数々の贈り物やら祝いの言葉やらを貰い、満足していた────かと思いきや、そうでもないのが現状である。
贈り物や祝いの言葉はたくさん貰ったが、一番欲しいものが届かない。
というか。
「どっこにも見当たらねえ……」
シルヴァンがやや苛立ち混じりに吐き出す。
ナマエの好意が自分に向けられているのは自惚れじゃないはずだ。
話しかければ分かりやすく頬を染め、食事に誘えば一も二もなく首肯する。
その様子がおかしいやら可愛いやらで、いつのまにか自分の方がはまっていた────なんて口が裂けても言うつもりはないが。
とにかく、そのナマエがよりによって、今日外出するなんてことがあるのか。
あの、ナマエが。今日。
「シルヴァン! 今日、お誕生日なんだって? おめでとう!」
「ああ、アネット。ありがとうな」
お祝いの言葉と共に渡されたのは手作りの菓子だった。どうやら、メルセデスと一緒に作ったらしい。
お礼を言いつつ、アネットの横に視線を巡らせたが、やはりナマエの姿は無かった。
青獅子の中で特にナマエと仲の良いアネットといないとなると。
「なあ、ナマエ知らないか?」
「ナマエ? あっ、そういえば先生と花冠を作るとか言ってた、かも?」
先生と花冠。聞いたシルヴァンの表情が固まった。
この節に白い薔薇を摘んで作った花冠を想い人へ贈るというのはフォドラに伝わる昔からの風習である。
それをナマエとベレトが二人で作りに行くというのはどういうことだ。
いや、どうもこうもないのか?ナマエの想い人はベレトだったのか?
「シルヴァン?」
「あ、いや、そうか。先生と花冠を……」
「うん。朝早くに行ったみたいだから、もうそろそろ帰ってくるんじゃないかなあ」
「ああ……」
返した声がなんとなく掠れたのにアネットは気づくことなく、シルヴァンと別れた。
◇ ◇ ◇ ◇
「いた! シルヴァン!」
アネットと別れてしばらくすると、探していた声が嬉しそうに名前を呼んだ。
小走りでこちらに向かってくるのを見て、シルヴァンの足が止まる。
「ナマエ」
「良かった、あのね」
頬を紅潮させてにこにこと笑うナマエの手に件の花冠が見えた。
背中に隠しているつもりだろうが、うまく隠し切れてないところがナマエらしい。
「それ、先生から貰ったのか?」
忌々しい白を指差すと、ナマエが驚いたように目を見開く。
目敏く花冠を見つけられたことに驚いているのか、言い当てられたことに驚いているのか、シルヴァンは計り兼ねた。
「ちっ、違うよ! 自分で作ったの……」
やや下向きがちになったナマエの表情はシルヴァンから見えない。ただ、髪の隙間から見える耳が赤くなっていて、それだけでどんな顔になっているかは想像できた。
「自分で」
「そうだよ、自分で……」
ナマエの言葉を反芻するとますます耳の赤が濃くなる。
自分で作ったなら、なんだ? これから渡すのか、いや、わざわざ一回別れるか? それとも他に────。
「え」
もしかして。
シルヴァンは漸くナマエの意図を理解して声を漏らした。
「その、シルヴァン、お誕生日おめでとう」
恥ずかしそうに差し出された花冠の白が眩しい。さっきまで視界に入れたくないとさえ思っていたのに。
一向に受け取ろうとしないシルヴァンに、ナマエの表情が不安なものへと変わった。
「い、いきなり花冠は重たかった……? 深い意味はないから! その、ほんとに……深い意味は……」
弁明するナマエの声が尻すぼみになる。
嘘をついてます、というように視線が右往左往したのをシルヴァンの瞳が捉えた。
なんてわかりやすい。
「深い意味はないのか?」
「も、もちろん。純粋に友人として……」
確かめるように訊くとナマエは目を一切合わせず答える。
安心したやら可愛いやらでシルヴァンの頬が緩んだのにはもちろん気づかない。
「そうかあ、そうだよなあ。ふかーい意味があったらなお嬉しかったんだが……、ナマエにとって俺はただの友人だもんな?」
わざとらしく眉を下げて吐き出せば、ナマエがぱちりと不思議そうに瞬きをした。
ようやく絡んだ視線に、シルヴァンは上がりかけた口角をなんとか抑えて続ける。
「せっかく綺麗に作ったんだ、どうせなら想い人にあげるといいさ」
「そっ、シルヴァン……!」
顔だけでなく首まで赤くしたナマエが絞り出すようにシルヴァンの名前を呼んだ。
どうした、と首を傾げてやるとナマエの瞳が大袈裟に揺れる。
「今日のシルヴァンいじわるだ……」
睨みつける瞳はうっすら膜を張っており、赤い顔と相まって酷く加虐心をくすぐった。
「そりゃ意地悪にもなるだろ。好きな子がよりにもよって自分の誕生日に他の男と出かけるなんて。しかも花冠作ってきたくせに、深い意味はないとか言うしな」
胸の内を吐き出すと、これ以上赤くなることはないだろうと踏んでいたナマエの顔が更に赤くなる。
どこまで赤くなるんだ、という興味はしまっておくことにした。今は。
「すきなこ」
「そ。好きな子。その子今も花冠持ったまま立ち尽くしてるんだけど、どうにかしてその花冠貰えねえかなあ、なんて」
もちろん、深い意味があるやつを。
付け足した言葉に、ナマエは口を開け閉めしながらシルヴァンを見た。
ここが冬のゴーティエ領だったら顔から湯気が出ててもおかしくないナマエの頬へそっと指を乗せる。
「なあ、ナマエ」
畳み掛けるように低い声で促すと、ナマエがようやく手に持った花冠を再びシルヴァンに突き出した。
「深い意味なら、あるもん」
「……へえ、どんな?」
ナマエの唇が小さく開いて震える。
そこに今すぐ食らいつきたい気持ちを抑えて続く言葉を待った。
「好き、だもん」
「何を」
早く続きが欲しい。答えが欲しい。明確な答えをナマエの口から聞きたい。
意地悪、と睨む視線を流して先を求める。
手に持つ花冠が揺れた。
「シルヴァンのことが、好きだもん」
欲しかった言葉を聞き、シルヴァンは今度こそ隠すことなく口角を持ち上げた。
ナマエの手からそっと花冠を奪い、その小さな体を抱きしめる。
「俺も好きだよ、ナマエ」
腕の中で固まったナマエに喉で笑いつつ、ほんの少し抱く力を強くした。
「なあ。いい茶葉と菓子が手に入ったんだ」
今日は誰がなんと言おうと一年に一度しかない誕生日だ。
もう少し貰ったって罰は当たらないだろう。
耳元で囁いた言葉にナマエが頷き、シルヴァンは口元を静かに歪めた。