君は最初は一番じゃなかった

 ナマエ=ミョウジというのは、シルヴァンが士官学校に入ってすぐの頃知った名前だった。
 美女揃いの士官学校の中ではあまり目立たない素朴な雰囲気の少女だ。
 と、まあ、たいした興味も持ち合わせていなかったのだが、金鹿の学級ヒルシュクラッセの彼女はなんとあの次期同盟主と噂されるクロードの婚約者だというではないか!
 人のものを獲る趣味は微塵もないが、俄然興味が湧いた。
 おおかた親の意向だろうが、公表しているということは、クロードも少なからず彼女を認めたこととそう変わりはない。
 虫をも殺さないような穏やかさの内に、一体何を秘めているのか。
 ────シルヴァンは片頬だけ持ち上げて、彼女がいるであろう聖堂へ足を向けた。


◇ ◇ ◇ ◇


「やあ、ナマエ。一体何をそんなに熱心にお祈りしてるんだ?」

 いつものように軽薄な口ぶりで声をかけたシルヴァンに、ナマエはゆっくり視線を向けた。
 こうして改めて顔を見ると、絶世の美女とは言えないものの、まるい瞳を縁取る睫毛は長いし、微かに開いた唇は薄すぎず柔らかい曲線を描いている。
 どちらかといえば庇護欲が掻き立てられるような、そんな顔立ちだ。
 大聖堂内の長椅子の端に座る彼女はどこか小さく見える。その隣にそっと腰掛けると、そのまるい瞳が不思議そうに揺れた。

「お祈りしてるように見える?」

 想像していたよりも少し低い声がシルヴァンに訊く。
 ちょっとした意外性を心に落としつつ、シルヴァンは「そうだなあ」と考えるふりをして距離を詰めた。

「足繁く大聖堂に通っているみたいだし、熱心なセイロス教徒なんじゃないのか?」

 ここ最近の情報網でナマエが大抵の場合一日に一回、そうでなくても二日に一回大聖堂へ足を伸ばしていることは把握済みである。
 ナマエは頬を緩めてシルヴァンを見た。

「よく知ってるね」

 笑った顔はまだ幼さが残る。
 お互いに視線を逸らさないまま、ナマエが軽い調子で続けた。

「でも、お祈りはしてないよ。静かで落ち着くから来てるだけ」
「へえ? そりゃまた、女神様の前で言うことではないな」
「たしかにそうだね。怒られないといいな」

 さっぱりした返しは大物婚約者がいるということからくる余裕なのか、それとも本人の性質によるものか。
 測りかねたシルヴァンは詰めた距離を戻して改めてナマエの顔を見た。

「シルヴァン……くん、は何をしに?」
「ああ、呼び捨てでいいさ。……そうだな、君に会いに来たんだ」

 突然の口説き文句に驚いて瞬いた目はすぐ細められて、小さな笑い声がナマエの喉から漏れ出す。

「噂で聞いてたけど、シルヴァンって私のことも口説くの?」
「どんな噂かは聞かないでおくが……。こんな可愛い子を口説かない理由があるなら教えて欲しいね」

 他の子にもするような笑顔を貼り付けてみせると、ナマエは先ほどよりも大きく笑った。

「てっきり、シルヴァンはクロードの婚約者がどんなものなのか見に来たのかと思ってたよ」

 笑いながら核心を突かれて、思わず笑顔が引きつる。それを目敏く見つけたのかは判らないが、ナマエの視線はシルヴァンから外された。

「とっても残念だけど、シルヴァンの誘いには乗れないなぁ。期待に応えられないだろうし」
「期待なんて……。君が俺と一緒に食事してくれれば十分さ」

 喉の奥で笑ったナマエが緩く首を横に振る。

「面白くないよ? なーんにも隠してないから」

 まあるい瞳が再びシルヴァンに向いた。
 にこにことしているのに、何故か強い意志を感じる。────あなたには靡かないという、強い意志。

「そりゃあ残念。また機会があれば、一緒に食事をしよう」
「そうだね、もし機会があれば」

 潔く諦めて腰を上げる。
 きっとナマエは、その機会が来ることはないと思っているし、今のままでは確かにその機会は訪れない。
 シルヴァンは大聖堂から抜け出すと、大きく息を吐いた。
 なかなかに手強い相手である。
 落としたいわけではないが、こうも壁を作られると気になるものだ。
 勘は鈍くないどころか鋭いし、頭の回転もはやい彼女のことを、もう少し知りたい。

「クロードの婚約者ね……」

 呟いた声は空に吸い込まれた。
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