萩原朔太郎と芥川龍之介の思い出(二)

 鎌倉に住んで居た時、或る夜遲くなつて芥川君が訪ねて來た。東京から藤澤へ行く途中、自動車で寄り道をしたのださうである。夜の十一時頃であつた。寢衣ねまきをきて起きた僕と、暗い陰鬱な電氣の下で、約一時間ほど話をした。來るといきなり、芥川君は手をひらいて僕に見せた。そして「どうだ。指がふるへて居るだらう。神經衰弱の證據だよ。君、やつて見給へ。」と言つた。それから暫らく死後の生活の話をして、非常に嚴肅の顏をして居たが、急に笑ひ出して言つた。「自殺しない厭世論者の言ふことなんか、當になるものか。」そしてあわただしく逃げるやうに歸つて行つた。
 この鎌倉での一夜のことは、未だに猶氣味惡く忘れられない。

(中略)

だが流石に、當時僕は彼に自殺の決心があることを氣が付かなかつた。

(後略)

引用:青空文庫 より『芥川君との交際について』萩原朔太郎