作品名
『堕落論』 『白痴』引用
『堕落論』堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。
『教祖の文学――小林秀雄論――』
仮面をぬぐ、裸の自分を見さだめ、そしてそこから踏み切る、型も先例も約束もありはせぬ、自分だけの独自の道を歩くのだ。自分の一生をこしらへて行くのだ。
美は悲しいものだ。孤独なものだ。無慙なものだ。不幸なものだ。人間がさういふものなのだから。
人間は悲しいものだ。切ないものだ。苦しいものだ。不幸なものだ。なぜなら、死んでなくなつてしまふのだから。自分一人だけがさうなんだから。
『恋愛論』
孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない。
『悪妻論』
人はなんでも平和を愛せばいいと思うなら大間違い、平和、平静、平安、私は然し、そんなものは好きではない。不安、苦しみ、悲しみ、そういうものの方が私は好きだ。
悲しみ、苦しみは人生の花だ。悲しみ苦しみを逆に花さかせ、たのしむことの発見、これをあるいは近代の発見と称してもよろしいかも知れぬ。
参照
『安吾巷談 06 東京ジャングル探検』翌日鬼瓦のように青黒くはれた顔をしているところへ、中原中也が遊びにきて、手を打って喜び、二三時間ぐらい(つまり彼の酒場へ通う時刻がくるまで)アレコレと腫れた顔の批評をして、帰っていったが、私は怒ることも笑うことも喋ることもできなかった。顔の筋をうごかすことができなかったのである。しかし一つの腫れた無言の顔を相手に、三時間もアレコレと意地の悪い批評の言葉がつづくところはアッパレ詩人というべきであろう。