未完
浅く息を吐いた。少し乾いた唇を舌で舐めて、無理矢理に潤いを持たせればひんやりとした心地が唇を襲う。今日は一段と寒いな、と思いながらマフラーに顔を埋める。歩きながら今日のスケジュールを思い出していた。直近のドリフェス、提出期限の近い書類、放課後のレッスンは、確かKnightsだ。また息を吐く。浅い吐息でも朝の冷気は息を白く染める。目を瞑れば血の匂いが濃くなった気がした。■
喧騒の中、名前を呼ぶ声がする。先程の静寂はどこに行ってしまったんだろうか。
「…りさん、依さん」
「…んぅあ?」
「眠っていたんですか?」
もう授業が終わりましたよ、と言われて顔をしかめる。先程までいたはずの先生はすでにいない。四時間目が終わった教室は授業合間の休み時間よりも賑やかだ。あちゃあ、やってしまった、という表情を浮かべれば隣の席の司は少し心配そうに顔を覗き込んだ。
「珍しいですね、依さんが授業中に居眠りをするだなんて」
「ふわぁふ…、んん、まあ、お昼時は弱いんだよねえ。やっぱり吸血鬼だからぁ…」
「そういう問題でしょうか…?」
否、そういう問題ではないことは依にもわかっていた。朔間というとやれ留年、やれ居眠り、サボり、云々。依が兄と慕っている(かどうかは微妙であるが)従兄弟である二人の男性は、控えめにも真面目と言える男たちではなかった。目の前の司とは天と地の差がある程にだ。そんな男たちとは裏腹に、依は真面目に授業を受けていた。毎日遅刻もせず、欠席もせず、ノートも(字は汚いが)ちゃんととる。先生が涙をするほどに優良生徒だったし、隣の席である司もそれを十分に理解していた。
「昨夜、夜更かしでもされたんですか?」
「んぅ、してないよぉ。むしろいつもより多く寝たっていうかぁ……ふわ…」
会話の途中にもあくびを一つ。それに司は小首を傾げた。珍しい。つくづくそう感じたようで、彼はいつも以上にじっと依を見る。……そういえば、普段から彼女は顔色が白いが、今日は一段と白いかもしれない。観察するかのように、それでいて心配の色を滲ませながら。
「やはり、体調が悪いんですか?」
「んぁ、そ〜ゆうわけじゃ…」
ない、と言おうとしたのか、口がはくりと動いて止まる。それから口元をカーディガンの袖で押さえながら、司の方をチラリと見た。
「……きょお、ね」
「今日?はい」
「Knightsの、レッスンがあると思うの」
「ええ、ありますね」
そこまで言って、依はまた視線を彷徨かせる。
「楽しみにしてたんだよねえ」
「Lessonがですか?」
「んぅ、まぁね。Knightsってぇ、ダンスのレッスンのしがいがあるからぁ…依、それが好きで…」
司は頷く。確かに学院でもトップに近いユニットであるKnightsは歌、パフォーマンス、そしてダンス、全ての質が高い水準で構成されている。そして朔間依は普段から思いもよらないスパルタでレッスンをする。
テンポが遅れている。ターンがずれている。息が上がっている、それでは歌を歌った時にスタミナ切れを起こす。
全て目の前の彼女に言われた言葉だ、と。司は人知れずうっとりとした。別にmasochistというわけではない、そのgapが好きなのだと、誰にいうわけでもなく心の内で弁解をした。
「…だから、ね。体調悪いって言ったら、司くんはレッスンに参加してほしくないっていうかなあ、と思ったんだぁ」
言いながらも依はくすりと笑う。こんなことを言ったら、まるで司くんが依のことが大好きな人みたいだ、と思いながら。しかしそれだけが理由でもない。体調が悪ければレッスンにも支障をきたす。それはKnightsにも迷惑をかけてしまう。加えてこの流れでる血のことは、従兄弟のお兄様にはバレてしまうだろう。