04.プロローグ



「天人に尻尾振りやがって、この税金泥棒が!」



侍の国。
私たちの国がそう呼ばれたのは、今は昔の話。
20年前、突如宇宙から舞い降りた天人あまんとの台頭と廃刀令により、侍は衰退の一途を辿っている。

元々人類が暮らしていた地球に天人が入ってくることを快く思っていない人は多く、彼らからすると私たち江戸入国管理局は大変目障りな存在であるらしい。
かといって天人からの態度は決して良いものではなく、その両者から板挟みにされつつ毎日業務をなんとか全うしている。


仕事に感情を持ち込むのは当の昔に手放した。
働き甲斐を求めることもやめた。
探してもみつからないものはみつからないことを悟ったからである。
自分の心が壊れない為には、無になって働くことが最も効率よくストレスを軽減できることを学んだ。
天人様が白といえば、我々の目には黒に移るものも”白”なのだ。


しかしながら誰になんと罵られようと、これは仕事なのである。
我々も賃金の為に働らかなければならない。
致し方ないことなのである。


そんな変わり映えのない毎日を過ごしているとき、衝撃的な事件が起こった。


「はぁ!?クビ!?」


いつものように出勤したら、尊敬する局長がクビになっていた。


「な…なんでですか!?長谷川さん程もあろうお方がクビって…!」
「詳しくは聞かされてねぇけど、とある案件で失敗しちゃったらしいよ」
「失敗…そんな、一度の失敗でクビですか…!?」
「どうやらその案件が相当でかかったらしい。先方はカンカンで長谷川さんのクビを希望」
「そ…そんな…」


職場では極力感情を表に出さずに過ごしていた私だが、この事件には大変驚愕した。


いつもサングラスをかけているせいで表情がわかりにくく、大体の部下が怖がり勘違いされていたが、本当は部下に厳しくもあたたかく優しい人だった。
ここまでやってこれたのは、あの人がいたからといっても過言ではない。


一体、なにがあったのか。
いつも大きな案件も淡々とこなしていた上司が。
クビになるほどの失敗、しかも詳細は非公開。
元上司の突然のリストラに納得がいかず、彼がクビになる所以となった案件について秘密裏に調べることにした。




あれから仕事の合間を縫って調べた結果、『ハタ皇子のペットペス捕獲事件』が局長をクビにした案件だということが判明した。

珍獣好きで有名な央国星の王子ハタ皇子のペットが逃亡したため、その捕獲の仕事が局長に回ってきたらしい。局長はなんでも万事屋とかいう事業者に凶暴なペスの捕獲を依頼したものの、捕獲時に襲われた従業員を助ける為に暴走したペスを仕留めてしまったらしい。

あのバ…ハタ皇子は珍獣がすきな割に全くペットの躾がなってないので、我々も困ってはいたのだが。

「それにしても…かぶき町に万事屋なんてあったのか」

連絡がつかない局長から事件の詳細を聞くことは不可能。
事件の関係者から証言を得れば、もしかすれば局長のクビも取り消されるかもしれない。
かといって直接万事屋から話を聞くにしては情報が少なすぎる。
そこで万事屋の情報を集める為、最も詳しいであろう人物との接触を試みた。


「あらいらっしゃい、ここいらじゃみない顔だね」
「はい、初めてです。もしかして初見お断りですか?」
「うちは無礼な客以外断るような店じゃないよ。入りな」
「ありがとうございます。ではせっかくなので女将さんと喋れるカウンターに失礼します」
「すきにしな」


万事屋の情報を得るために立ち寄ったのは“スナックお登勢”。
かぶき町四天王のひとり、お登勢さんが経営するスナックだ。

今回の標的である万事屋はお登勢さんから住居を借りているらしい。
家の貸し借りをする関係なら、近所の人たちが知らないような情報も知っているだろうと予想したのだ。

それにしても…お登勢さんとは初めて会うが、噂以上の迫力がある。
今日は平日ということもあってか、常連とみられる男2組と私しかおらず、お登勢さんとの接触時間が予想以上に確保できた。


「へぇ、あんた江戸入国管理局なんて大層なとこに勤めてんのかい」
「はい、一応ですけど」
「ご立派じゃないかい。もっと胸張りな。親御さんだって鼻が高いだろ」
「ですかね。最近は人に感謝されるより罵られることの方が多いですから、お登勢さんのそういう反応が新鮮です」
「あんたも苦労してんだねぇ」
「はは、お登勢さん程でもないですよ」
「そうそう!苦労といえば、最近上に間借りしてるボンクラが家賃払わなくて困ってんだよ」


まさかお登勢さんの方から万事屋の話をしてくれるとは。運が良い。


「上…万事屋さんでしたっけ」
「なんだい、知ってんのかい?」
「ああ…ここに入るときに看板が目に入ったもので」
「この前大きな仕事が入ったってのに、なんでも台無しにしたとかでまた家賃滞納。いい加減にしてほしいね」
「因みに万事屋さんとはどういった関係ですか?親子とか?」
「ハッ!あんな息子こっちから願い下げだね!冗談もよしとくれよ」

お登勢さんはタバコの煙をふーっと吐きながらそう言った。
血縁関係かと思ったが、そうでもないらしい。
関係が全くみえない。
ただの知り合いか?

思考を広げていると引き戸が大きく音を立て、来客を知らせた。


「おいババア、飯」
「噂をすればってやつだね。あの銀髪頭が万事屋だよ」
「あん?誰だそいつ」


気だるげに入店してきた男は今まさに話の中心人物であった。
まさか本人とも接触する機会を得るとは。


「新規さんだよ。なんでも江戸入国管理局に勤めてるとか。あんた、爪の垢を煎じて飲ませてもらいな」
「あ?ニュウコクカンリキョクだぁ…?」
「ほら、天人とかの入国を管理してる、」
「てめぇらが…」


表情がみえなくなったと思ったら距離をつめられた挙句、いつのまにか胸倉を掴まれていた。

「は」

「てめぇら、ちっとは仕事しやがれ!天人に巻き込まれる人間のことなんて、天人がよけりゃどうなってもいいってか!」

「てめぇらがまともに取り締まってりゃ、あいつらがやべぇ薬嗅ぐことも…!」



「銀時!」


一瞬にして変わったピンと張り詰めた空間を呼び覚ますように、主の声が響いた。

「…銀時。なにがあったか知らないけどねぇ、うちの客さんだよ。離しな」
「っせーババア」

お登勢さんの鶴の一声で我に返ったらしい万事屋は、それまで掴んでいた私の胸倉を急に話したのちに、入店時と同じような気だるい様子でこちらを一瞥もせず、外の階段を昇って行った。


「すまないね。躾がなってない野郎で。なに人様に八つ当たりしてんだか」
「いえ…。この仕事始めてから嫌われるの、慣れてますから」

このまま滞在できるほどの図太さは生憎と持ち合わせていなかった。

すみません、お会計お願いします
そう言ったとき、私の声は震えていなかっただろうか。
そのことばかり気にしていた。




「嫌われることに慣れる必要なんて、あんのかねぇ…」






びっくりした。
とてもびっくりした。

しかし、万事屋に関しての情報は予想以上に得ることができたので、ミッションは成功である。


それにしても仕事しろ、仕事しろかぁ

「家賃滞納してる人に言われてもなぁ…」



仕事、してるつもりなんだけどなぁ
毎日毎日、朝令暮改な天人、に振り回される上層部、に振り回されて
自分たちのミスでもないのに一生懸命尻拭いもして

誰からも感謝されることもなく
手柄が存在するわけでもなく
ただただ業務をこなしているんだけどなぁ




あれ、なんでこの仕事選んだんだっけ




ピピーッ

「あー、ちょいとちょいと。は〜い、ちょっと止まってェ」

靄がかかり始めた私の思考をまるで一時停止させるかのようなタイミングで夜道には合わないホイッスルの音と緩やかな声が耳に入ってきた。
この制服は…武装警察真選組か。
業務上真選組とも面識はあるが、この人は会ったことないな。
隊長服、幼い顔立ちに栗色の髪…噂が正しければ一番隊長沖田総悟で違いないだろう。

「なにお姉さん、人のことジロジロ見て。それ俺らの仕事だからね?今攘夷志士撲滅キャンペーンの一環で職質強化月間だから、はい身分証見して」
「…どうぞ」
「はい、はいはい。ご職業は?」
「江戸入国管理局の者です」
「入国管理局?こりゃ驚いた。エリート様じゃないですかぃ」

は〜いじゃ、ちょっと記録させてもらうから。
そういって下を向きボードに敷いた紙に記入する真選組隊長。

私はそのさらさらと夜風にたなびく栗色を眺めていた。


「…お兄さんは」
「あ〜?」


「お兄さんは、どうして真選組に入ったんですか?」


つい。思わず。
口から言葉が飛び出ていた。

しかし返答は帰ってこず、私の言葉を聞いて止まった手が何事もなかったかのように動き出した。



映し終えたらしいお兄さんは顔を上げて、ただの通行人Dであるはず私の目をまっすぐみて言った。

「俺の大将を護るため」





「はい、身分証ね。夜道お気を付けて」


返却された証明書を受け取ってからずっとその言葉が頭の中を占領していた。





天気の良い休日は特に目的地がなくとも散歩したくなるものだ。
あの日も気のままに足を動かしていた時だった。

「オッさアアアん!!頼む、急用なんだ乗せてくれェェェ!!」

チンピラ男が走るタクシーの前に飛び出し、そう叫んでいた。
その男の近くで妊婦が苦しそうにお腹を押さえている。
どうやら妊婦産気づいてしまったので病院にすぐ向かいたいようだ。

助けを求めらた運転席を見ると、なんと長谷川局長がハンドルを握っていた。
トレードマークであったサングラスの代わりにメガネをかけていたが、あれは紛れもなく長谷川局長だ。タクシードライバーに転職したのか。
客席には…万事屋とハタ皇子?
局長、あの2人とまた一緒にいるのか。
見るからに揉めていることがわかる。
車窓を開けているのだ尚更である。

魔が差してしまい、気づかれないよう会話が聞こえる距離まで近づくと、ハタ皇子が妊婦のために病院に行くよりも動物園を優先しろと叫びわめくのが聞こえた。
いつもの我儘なんて可愛い方だったのかもしれない。
まさかあの皇子がここまでゲスだったとは。
しかし局長はどうするつもりなのか…。
あの皇子の興奮状態をからして、引くことはまずないだろう。局長もわかっているはず。
その局長が何か言葉を発しているが、小さくてここからでは聞き取れない。
妊婦のことを考えると

「明日 鏡で自分の顔見てみろォォォ!!」

男の声と、ガシャーンと耳をつんざく音をたててバックドアガラスからハタ皇子が飛び出した。ハタ皇子を強制下車させたタクシーは、代わりにチンピラ夫婦を乗車させて走り去っていったのだった。




「お世話になっております、ハタ皇子。私、入国管理局の者でして」


いま救急車呼びます。少々お待ち下さい。
局員証を見せながらそう言って落ち着かせようとしてもハタ皇子の怒りは収まらな…あれ、この人なんかなくない?なにか足りない気が…いいか。
なにか騒いでいるがどうでもいい。
いま私はとても晴れやかな気分なのだ。





そうだ、そうだった。

数人の重役に囲まれ、まさに蛇に睨まれた蛙状態だった面接。
「地球を守りたい」と、いち人間にとってはあまりにも規模の大きい志望動機を言ったあと、審査をするには似つかない笑い声が起きた。
私が笑うわけがない。面接官たちが笑っていたのだ。
ただひとりを除いて。
あのサングラスをかけた面接官がいたから、なんとか羞恥にまみれることなく無事に面接を終えることができた。
あれだけ苔にされたので、採用通知が届いたときは間違いではないかと何度も確認した。


サングラスをかけた面接官は忙しい立場なはずなのに、いつも私のことを気にかけてくれていた。
助けられる度に、私もこの人みたいになろうと決心した。








「はい、坂本さん、書類確認完了しました。今日はおひとりですか?」
「そうじゃ!今回はワシのプライベート旅行じゃき!」
「そうですか、楽しんでくださいね」
「ん〜?」
「なんでしょう、坂本さん。人の顔ジロジロみて」
「ナマエちゃん、まっこと可愛くなったのぉ?」
「そうですか?ありがとうございます」
「なんじゃあ?もしかして恋人でもできたがか?」
妬けるのぉ〜といつもの調子で坂本さんが言う。

「いえ全く。今は、仕事がたのしいので」

  

Top