05.プロローグ そのに



「じゃーな、じじぃ。またなんかあったら依頼してこいや」
「おう銀さんありがとうな、助かったよ」

馴染みの老人からの依頼を遂行した銀時が万事屋へ帰ろうと扉を開けると、近所から男女の言い合う声が耳に入ってきた。声の元を見るとどうやら、痴情のもつれではなさそうだった。


「おいじじぃ、ありゃなんだ」
「ああ…あそこには茶虎星の男が住んでいるんだが…これがもう問題児でよ。ゴミ捨てのルールは守らねぇわ、深夜は騒音でうるせぇわで…おかげで周辺のみんな寝不足よ」
「ふーん…」
「ああやって局員がきても聞く耳を持っちゃいねぇ」


大変なこったと他人事のように眺めていた銀時の目に、見知った顔が入る。
あれは確か、スナックお登勢で初めて会った時に胸ぐらを掴んだ江戸入国管理局の女ではないだろうか。


「虎田さん、何度も言いますけど本当になにもおかわりありませんか」
「うるせぇな。ねぇって言ってんだろうが」
「お言葉ですが、騒音やゴミ捨てなどのご近所トラブルの報告が入っております」
「…」
「様子を見たところ、虎田さんご自身の体調も芳しくないようですし、何もないとは思えません」
「……」
「虎田さんは個人的な理由で地球にいらっしゃってますよね。…合わないなら無理をなさる必要もないと思いますが」
「うるせぇ…!人が黙ってりゃいい気になりやがって!」

まさに虎の尾を踏んでしまったのか、だんまりだった天人が急に声を荒げて拳を振り上げた。誰もが次の瞬間に聞こえるであろう音に身を固くした。

が、その音が聞こえることはなかった。


「っなにすんだ、お前!」
「武装警察真選組だ」

煙草を片手に天人の拳を制止したのは真選組副長、土方十四郎であった。

「真選組が何の用だよ!離せ!」
「何言ってやがる、暴行罪で逮捕されるのを防いでやってんだろうが」
「だったらこの職員を連れて帰れ!うんざりしてるんだよ!」
「だとよ。今こいつに話が通じるとは俺は思えねぇ」
「…虎田さん、今日のところは失礼します。また訪問させてください」
「二度と来るな!」

あまり丈夫とは言えない玄関扉が大きな音を立てて閉められた。
少しの静寂の後、女が口を開いた。


「真選組の土方副長、ですよね。すみません、お仕事中なのに助けていただいて」
「善良な市民を守るのも仕事のうちだ。気にすんな」
「はは…ありがとうございます…。では私はこれで」
「待て。てめぇ、江戸入国管理局員だろ。世話になってるからな。茶ぐらい奢ってやるよ」
「え、いや悪いですよ。それにまだ業務が残ってますので」
「そのツラ下げて職場に帰れンのか?」
「…」
「大人しく言うこときいとけや」





「ほらよ」
「ありがとうございます。…そういえば副長さんは何用であそこへ?」
「ただの巡回だ。脱走したペアの野郎を探してたら結果的にこうなった」
「そうですか…それは災難でしたね…」

お茶を飲み、沈黙が広がる空間を壊したのは土方だった。

「お前、毎回あんななのか?」
「さっきの虎田さんですか?そうですね…今日はいつになく荒れていたような気がしますが、横暴な態度はいつものことです」
「…随分と落ち着いてんな」

土方は、自分よりも一回りも二回りも大きい天人に正面から罵声を浴びせられも、何事もなかった様子でいる女に驚きを隠せなかった。

「江戸入国管理局って天人からも見下げられるし、民間人からもあまりよく思われてないのでああいった態度を取られるのは日常茶飯事なんですよね」
「…」
「ああやって大声を出されるのも、珍しくなくて」


「慣れる必要、あんのか」
「え?」


「女が務まる仕事じゃねぇだろ、どうみても」


女はそこまで真剣に話を聞いてもらっているとは思っていなかったので、男からの鋭い反応に一瞬たじろいでしまった。

ほぼ初対面の相手にここまで言われる筋合いがあるのだろうかと思わないでもなかった。が、相手は業務連携もするいわば取引先。いつの間にかじんわりと湿っていた、手を握りしめた。

「…確かに、その通りかもしれません。でも、それでも私はこの仕事を辞める訳にはいかないので」

女はベンチから立ち上がり、受け取ったお茶と鞄を手にした。


「土方さんにはこれ以上ご迷惑かけないようにしますので、すみません。今日はありがとうございました」

ひとり残された男はタバコを口にし、手をズボンのポケットに突っ込んだままベンチに首を預けて流れゆく雲を眺めた。





「…山崎」
「はい、なんでしょう副長」
「3丁目の団子屋近くにアパートの1階に茶虎星の天人が入ってる。巡回の時にあの辺注意しとけ」
「へ?ああ、はい。了解です」

いつものように隊長が脱走し、探し回っていた上司はさぞかし機嫌が悪くなっているだろうと予想していたが、意外にも何か考えこんだ様子で、これまた予想していなかった注文を受け、山崎は面食らった。
そうしている間に上司は歩いていってしまったため、理由をとやかく聞くことができなかった。理由を聞いたところで素直に教えるような人だとは思ってはいないが。







「報告以上となります」
「おう、わかった。…ところで、3丁目団子屋近くの集合住宅の最近の様子はどうだ」
「ああ…副長に言われて注意してましたが、特に異常ありませんでしたよ。何を問題視してるんです?」

土方は加えていたタバコを一吸いしてから白い煙を吐き出した。
その煙がみえなくなったとき、再び口を開いた。

「…あそこの1階にいる天人が以前暴行罪に走りかけてな」
「ああ、虎田ですよね?それなら近所の子どもと遊んでいるのを見かけましたよ」

その言葉を聞いた瞬間、男は眉間にしわを寄せ、持っていたタバコを灰皿に押し付けた。

「なに?見間違いじゃねぇのか」
「確かに見ましたよ。どうやら以前から問題視されていた近隣住民との関係はかなり改善されているようです」
「…ほぉ」







「虎田さん、おかわりないようでよかったです」
「あんたのおかげですよ。茶虎星ではいじめられてたから、地球にきてここまで充実した毎日を送れるとは思ってなかった。その土地にはその土地のルールがあることさえわかってなかったよ」
「虎田さんのお人柄ですよ」

先日まで険悪な重い空気を醸し出す会話をしていたとは思えない男女二人が会話をしていた。
そんなふたりの会話を邪魔するものが。

「おいとら田〜あそぼ〜!」
「とら田はやくおにごっこしよ!」
「おう、もうちょっとで済むから待ってな」

近所の子どもたちだった。
その中でひとり、何かに怯えている様子の少年が虎田に話しかけた。

「ねぇとら田、あそこにいるひと、だれ?」
「は?…お前らこっち来な」

今では良好なご近所付き合いをしているとはいえ、少し前までは荒れに荒れていた自分に何か思う人間がいてもおかしくはない。
過去の自分の過ちは自分で責任をとる。
しかし今近くにいる人間にまでこれ以上の迷惑に巻き込む訳にはいかない。

虎田は子どもたちを自らの背後に追いやってから、少年が指した物陰にじりじりと近寄った。


「おい、そこに誰かいるんだろう、何の用だ」



「…誤解だ」

呼びかけに姿を現したのは、廃刀令のこのご時世に腰に刀をさし、黒い制服を身にまとった真選組副長だった。

「土方さん、今日も巡回ですか」
「ああ…まぁそんなとこだ」

咄嗟に隠れてしまい、結果的に話を盗み聞きしていたのでばつが悪い土方は女から目を逸らした。
すると向かいにいた天人からの視線に気がつき、目を移す。
すると天人が口を開いた。

「あんたにも迷惑をかけた。申し訳ない。いつか謝りにいこうと思っていた」
「…ずいぶんとまぁ人が変わったみてぇだな」
「それもこれも全部ミョウジさんのおかげだ」

そう言われて目線を移した女は口の端をニッと上げて言った。


「女でも出来ることはあるんですよ、土方副長殿」






「銀さん、何度もありがとうな。助かったよ」
「いーってことよ。…ところでじじぃ、あそこの虎の天人どうなった?」
「ああ、虎田さんか。局員さんが解決してくれてな、今ではすっかりここらのガキの遊び仲間よ」
「なんだそれ、本当か?」
「正直、江戸入国管理局員に期待しとらんかったが…虎田さんの担当のミョウジさん、ありゃいいひとだよ」
「いいひとォ?」
「虎田さんから信頼されるために怒鳴られても通い詰めて、信頼関係を築いてくれてな。普通の職員ならもっとこう…適当にするだろ。前の担当がそうだった」
「ふーん」
「天人に対しても、江戸入国管理局の奴らに対しても認識を改めんとなぁ」
「…改める、ねぇ」


  

Top