01.仁義なき戦い
「三ツ谷くんて本当に優しいよね」
「は?」
「愛想悪っ」
次の授業が始まるまでの休み時間、窓際にある私の席の前に座っていた友人がポッキー片手に放った言葉に、つい声を荒げてしまった。
皆が口をそろえて『三ツ谷くんは不良だけど優しい』と言う。
例え世界中に味方がいなくても主張し続けよう、否と。
同じ地区に住んでいるのが運の尽き、幼稚園から小学校、そして当然のことながら中学校も同じだけの私に三ツ谷隆は優しくない。
かと言って、もうここまでくると優しくしてほしいわけでもない。
慣れというものは恐ろしいものである。
「あれじゃないの?見た目怖い人が一般常識的な行動しただけで優しく見えるやつ。映画版ジャイ○ンの法則でしょ」
「他の男子が気づかない所まで気が利くし、普通に優しいって」
「騙されてるよ。目を醒まして」
これ以上三ツ谷の味方を増やすわけにはいかない。
せめて自分の近くにいる友人だけでも、私の味方であってほしい。
そんな願いを込めて友人を見つめたのだが、本人は何事もなかったかのように続けた。
「この前大量にあったゴミ捨て手伝ってくれたし。危うく惚れるとこだったわ」
なんと、友人に惚れかけたとまで言わせるような気が利く男子生徒がいたとは。
三ツ谷が私にそこまでの気を利かせたことは今の今までない。
「別人じゃないの?いや、眉毛に剃り込み入れる奴はこの学校にひとりしかいないか。じゃああれだ。自分が捨てたかったエロ本隠蔽の為に利用されたんだって」
「誰が学校でエロ本捨てたって?」
「いやだから三ツ…」
横やりを入れてきた声に反応したのが悪かった。
振り向くとやたらと力んで口角を上げている顔の鬼、もとい話の中心人物である三ツ谷がそこにいた。
「ん?誰だって?言ってみろよ」
流石にこれはお手上げだと友人に助けを求める。
「私は止めました三ツ谷くん」
友よ、そう簡単に友を売るな。
「コイツは止まらねぇもんな、猪みたいに」
「猪突猛進いいでしょ。勇猛果敢じゃん」
「確かに。謝るわ。猪が可哀想だったわ」
「ホラこれのどこが優しい?」
ああ言えばこう言う。私にとって三ツ谷隆とは、口の減らないヤツなのだ。
「悪口言う奴に言われてもなぁ」
「いや事実を述べただけであって…」
常日頃から粗雑な対応を受けている事実を述べているだけであって陰口ではないはず、と御託を並べる私に三ツ谷が口を開いた。
「オマエそんなこと言っていいわけ?誰がいつも余ったマフィンを譲ってやってると思ってんの?」
「すみませんでした三ツ谷様。マフィンだけは…マフィンだけは…!」
前言を若干撤回しよう。
三ツ谷は優しくはないが、いつもマフィンをくれるいい人である。
毎回失敗しても大丈夫なように余分につくるらしく、私はそのおこぼれを頂いている。
いくら私に対して優しくないといっても、三ツ谷お手製のマフィンには敵わない。
『数日食ってねぇの?』と魔王様もびっくりの蔑むような表情でからかわれようがマフィンを食べているときは許す。
マフィンが美味しいからな。
「ナマエは三ツ谷くんのマフィンに弱いね」
「うん。三ツ谷のマフィン、すき」
三ツ谷が作るマフィンの美味しさを語ろうとしたら、教室に授業開始を知らせる電子音が鳴り響いた。
またねと暫しの別れを告げ、前に座っていた友だちは廊下側の自らの席に戻り、本来の席の主である三ツ谷の背中が私の視界を埋める。
三ツ谷が前の席にいることは気に喰わないが、窓際の席なのでオッケーです。
電子音が鳴り終わった頃、女性の新任教師がラジカセと教材の入った洗濯カゴを持って入ってきた。緩く巻かれたロングヘアが荷物の重さに従って揺れている。
午前中の気だるそうな雰囲気と打って変わり、はきはきとしたやる気が露骨に表れた号令が掛かる。
その号令をきいて、というよりも、信号が青に変わった時みたく周囲の動きに合わせて立って着席する。
いそいそと教科書とノートを机上に並べひとやすみ、と肘をつく。
この先生、可愛らしいもんなぁ。
同じ学年でも英語を担当する教師は3人いるので、この新米先生の担当となったクラスは他のクラスから大層羨ましがられる。
見た目のかわいらしさに加え、新人特有の頑張ってます!という雰囲気が更に庇護欲を掻き立てられるのであろう。知らんけど。
どうでもいいことに思いを馳せていると、前の席の三ツ谷が振り向いてきた。
「…オマエ聞いてた?音読すんぞ」
「え、どこ」
「32ページ。俺、先にマイク役な」
「三ツ谷って案外真面目だよね」
「オマエはもっと真面目に授業受けろ」
不良である三ツ谷に真面目に授業を受けろと注意されてしまった。
三ツ谷とは前後の席だが、授業でよくある『隣の人とペアになってください』の時はペアになる。いつの間にかそうなっていた。
たぶんこの席になって初めての『ペアになってください』で三ツ谷と言い争いをしていたからだと思う。言い争っている人にわざわざ話しかけて英会話の練習をするより、余ったふたりでペアを組んだほうが早いと判断されたのだ。その通りである。
その時は確か、三ツ谷がモノマネしたゲーム版ピ○チュウの鳴き声に納得いかなくて物申したのが発端だった。
正直なところ、発音に自信のない単語が出てきた時、遠慮のいらない三ツ谷だと正直に発音をきくことが出来るので助かってはいる。
「三ツ谷」
「んだよ、次ミカの台詞」
「ピカ○ュウの鳴き声やって」
思い出したら久しぶりに聞いてみたくなった。
教科書のミカの吹き出しを無視して急に脈絡のない申し立てに目を丸くした三ツ谷はすぐにいたずらっ子へと表情を変化させた。
「言ったな?俺の成長にひれ伏せよ」
「自分でハードル上げるね」
その後いつもおどおどした新米の教師に大声で注意されるほど白熱したモノマネ応戦が始まり、やはり三ツ谷とは相容れないと思った。