02.自習時間

 急きょ自習になった授業時間を全うに勉学に取り組む学生はこの世の中にどれほど存在するのだろうか。
少なくともこの教室には数人しか見受けられない。
とはいっても好き勝手に話し始めて教室がうるさくなると今後自習時間そのものが消失する可能性があるため、
小声でこそこそと話している生徒が大半だ。
前の席の三ツ谷は不良だというのに模範生徒の如く黙々と作業に取り掛かっている。
とはいっても取り掛かっているのは勉強ではなく、裁縫だが。
こんなにも作業に没頭している人を邪魔するほど私は愚かではない。
とどのつまり、自習時間を持て余しているのが現状である。
窓外の向こうの防犯フェンスから出てくる車色を予想する暇つぶしも5台目あたりで飽きてしまった。
こういう遊びは誰かと一緒だから楽しいのだと学んだ。

 体を前に直すと、相も変わらず作業を続行している背中がせっせと動いている。
窓から入る陽が銀髪を煌々と照らしていた。
肘をついてまじまじと背中をみると、三ツ谷は男の子なんだなとぼんやり思う。
三ツ谷が布に針を泳がせるたび、背部に出っ張りがうまれる。
動く肩甲骨の観察は案外おもしろく、車の色当てゲームより時間つぶしに向いているかもしれない。

観察を夢中になって続けているうちに、好奇心が大きな貝殻のような骨に手を伸ばしていた。
前の席から聞こえた、鉄の引き出しの底と膝がぶつかる音で自分が仕出かした事を理解した。

流石になかったことになるはずもなく、作業の手を止めた三ツ谷が膝を摩りながら振り向いた。

呆れた目で「オマエ何してんの」と聞かれ、「ごめん、つい」と謝罪する。
弁明する言葉も見つからない。
本当に『つい』触ってしまったのだ。


「ついで人の肩甲骨触る馬鹿がどこにい…ここにいたな」
「本当ごめんて。いつの間にか触ってた」
「ったく…大人しく自習しろよ」
「三ツ谷がそれ言う?」
「ちゃんと部活の課題やってんだから立派な自習だろ」
「…確かに?邪魔してごめん、自習続けなよ」
「誰かさんのせいでもう集中きれたから」
「えーごめん。だってなんか…つい」
「“つい”でなんでも許されると思うなよ?」
「無意識だったんだって」


集中力が切れてしまったらしい三ツ谷は座り直して私の机の上に肘を乗せた。


「ほら、俺の作業を中断させたんだから楽しませろよ」


いつもならこの横暴さに非難しているところだが、今回は許さざるを得ない。
三ツ谷の集中力を削いでしまった原因は私にある。
そう思い、暇つぶしを考える。
そうだ、丁度いいものがあるではないか。

「じゃあ車の色当てゲームしよ」
「おし、勝ったらアイスな」
「よっしゃ!」

こうして自習時間にも関わらず、絶対に負けられないアイスを掛けた戦いの火蓋が切って落とされた。






「はやくしろよ」
「ま、待って」
「無理。もう待てねぇ」

 腕組みをした三ツ谷は自動販売機に右肩を預け、待ってほしいというこちらの要求を聞かずに一方的に責めたててくる。
身長差もあって、こちらが悪い事をしているかのような焦りが募りじんわりと汗がでる。

仕方ないじゃん、全部美味しそうなのだから。

接戦の末、絶対に負けられない戦いに見事勝利した私はアイスの自販機の前で英断を下すため、頭をフル回転させていた。
しかしこの世には魅力的なアイスがごまんとある。悩んだっていいじゃあないか、人間だもの。
私たち以外にアイスを買いに来る人がいないことをこれ幸いと有難く悩ませていただいている。

「ソーダフロートもいいし温州みかんも美味しそうじゃん」
「全部美味いから安心してはやく選べ」
「それはそう」
「もう10分は悩んでんぞ」
「2つに絞っただけ成長してる」

全種を脳内トーナメントで戦わせた結果、今まさに決勝戦が開催されているのである。脳内で。
これが近代稀に見る名勝負で、なかなか勝敗が決まらない。
そんな私に先ほどからイライラしている様子の三ツ谷が遂に痺れを切らした。

「あーもう、クソ」
「なに三ツ谷ちょっと待って」

三ツ谷が素早くボタンをふたつ押し、自販機から落とされた水色は自分の手に納め、後から出てきたオレンジ色の箱を差し出してきた。

「ホラ、半分ずつすりゃ満足だろ」
「三ツ谷さま!」
「はやく取れ。いらねぇのか」
「有難く頂戴致す…っ!」


 後ろに構える大木の影に丁度覆われていた、近くのベンチに腰を下ろす。
三ツ谷はアイスの包装紙をはがし、中身を口に吸い込ませていく。
私は箱から冷えたポリエチレン容器を取り出し、上から触診する。
中のシャーベットはまだ固まっており、食べるには暫く時間が必要らしい。

手持ち無沙汰に前の情景を眺めていると、「ん」と目の前に差し出された空色とバニラ色渦巻くアイスが目に飛び込んできた。
齧り付こうとするも、空中に浮かぶものを食べるには不安定さがなんだか心許無い。
アイスを支える手を上から握って固定し、口を開ける。
おっと、傾きでアイスにくっつきそうになる髪を耳にかける。
…うん、爽やかなソーダとそれをまろやかに包むバニラの相性は昔と変わらず抜群だ。

「ありがと、おいしい」
「…おう」

その間に、放置していたシャーベットが丁度いい具合に溶けていた。

「あ、丁度食べごろ。お先どうぞ」
「おー…」

首を伸ばしてアイスに吸い付く三ツ谷の伏し目を縁取るまつ毛が、葉の影の隙間から差し込む日光に照らされて髪色とは異なる色を放っていた。三ツ谷のまつ毛は長いなぁとぼんやり思う。
シャクシャクと涼しい音が響いていた。

「やっぱ美味いわ。ゴチ」
「三ツ谷のまつ毛長いね」
「は?」

お礼に対して見当違いな返答に素っ頓狂な声が返ってきた。
そりゃそうか。

「男の子の割に長くない?羨ましい」
「そうか?こんなもんだろ」
「絶対長いって」

会話を強制的に切り上げた三ツ谷は自身で持っていたアイスをパクパクと平らげていった。
その間も三ツ谷のまつ毛を観察する。うん、やはり長いし量も多い気がする。
全国の女子が羨むまつ毛だ。

会話を切り上げた後も観察を続ける私を鬱陶しく感じたのか、三ツ谷が何も言わずにこちらをじっと見つめてきた。
見ることに抵抗はないが、見られることには抵抗があるものだ。
無言で切れ込み眉毛のヤンキーにメンチを切られているこの状況。
どう逃げればよいのかわからなくなってしまった。
思わず重心を後ろに移動させ、距離をとろうとするも三ツ谷も同じように前のめりになってくるので私の行動は無意味に終わってしまった。
蛇に睨まれた蛙ってことわざが最近授業に出てきたが、まさにこういう時に使うのだろう。


「…それ、溶けんぞ」
「え、うわ本当だ!」


言われてすぐさま液状化し始めていたシャーベットを口に流し込んだ。



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