05.放課後の教室

「ねぇ三ツ谷、山田くん知らない?」
「さっさと部活いったぞ」
「ハ!?」

ようやく長い授業が終わったとて残念ながら本日はすぐ帰宅できない。何故なら日直当番だから。
その道ずれの相棒であるはずの山田くんは元気に部活動にいってしまったらしい。
わざわざ呼びにいくのも面倒なので、非常に遺憾だがひとりで日誌を記入するしかなさそうだ。そんな遺憾の意が滲み出ているであろう私をみて勘のいい三ツ谷はどうやら察したようだ。

「…あー日直か」
「だるさここに極めり案件」

三ツ谷は自分の椅子に跨り、鬱憤を理不尽にもぶつけようとしていた私の方に体を向けた。

「しゃーねぇから俺が手伝ってやるよ」
「三ツ谷が珍しく私に優しい…」
「あ、やっぱやめようかな」
「常々三ツ谷さまの優しさに助けられております」
「よし」




自分たちの会話だけがはっきりと聞こえる教室で、部活動に勤しむ運動部の声を背景に、私たちはせっせと日誌を書いていた。
といってもペンを進めているのは私で、三ツ谷は話相手というか内容を確認するアシスト係に徹していた。


「5限目は古文な」
「…こーぶーん。なにしたっけ」
「オマエ寝てたもんな。この前の小テストの解説」
「ご飯食べた後って眠いじゃん。しかも古文は余計に眠い」


全ての授業が終わったのはつい先ほどのことだというのに既に内容が朧気で、自らの注意散漫っぷりを痛感する。


「わかるけど、よだれ出すのはやめとけ」
「え、よだれ出てた!? 起こして!」
「アホ面がおもしろかったからほっといた」
「やっぱ悪魔だ」
「ア?なんか言ったか?」
「なんでもございません」


当日の授業内容の記入が終り、日直の感想を書いているとアシストすることがなくなり暇を感じたのか三ツ谷が周辺を見渡し始め、横に置いていた私の鞄に視線を止まらせた。

「こんなキーホルダーつけてたか?」
「これねー、柚葉ちゃんとお揃い!」

UFOキャッチャーで取ったんだー、と自慢すると三ツ谷に「オマエ、UFOキャッチャーできたっけ」と不思議そうに言及された。流石なんだかんだ付き合いの長い三ツ谷、私のことをわかっていらっしゃる。

実は通りすがりの龍宮寺くんに取ってもらったと素直に白状すると、「…ふーん」と肘をついてあまりにも興味のなさそうな言葉が返ってきた。そっちから聞いてきたことなのに。そんな態度の割に、ふたつの垂れ目はしっかりとウサギを捉えているから不思議である。

そんな三ツ谷はなにを思ったのか、中指と親指の先同士をくっ付けて輪を作り、グッと力を入れてキーホルダーをはじいた。所謂デコピン。

「コラ、なにすんの!」
「なんとなく」

やっぱり三ツ谷は私には優しくない、気がする。




「やっと終わったー」
「俺のおかげだな」
「書いたの私じゃん」

持ち帰る教材が諸々入ったカバンに先ほどまで使用していた文房具を収める。
後は日誌を職員室まで届けるだけだ。

「お前、もう帰ンだろ?」
「うん。三ツ谷は?」
「俺も帰るから家まで送ってってやるワ」
「え、悪いよ」
「散歩してぇ気分だから。ついで」

そういえば今日、三ツ谷の部活動はなかったのだろうか。
疑問が浮かんだタイミングでバタバタと廊下を走る音が近づいてきた。

「あ、三ツ谷部長すみません!ちょっとトラブルがあって…」
「あ〜…了解。すぐ行く。先行ってて」

お辞儀をした後、後輩の女子学生は急いで来た道を戻っていった。

「三ツ谷部長は大変ですなぁ」
「確かに帰宅部のミョウジよりかは大変だワ」
「私は最近塾通い始めて大変だから!」

職員室に行った後そのまま帰宅できるように準備している間も、三ツ谷はじっと待っていた。

「?はやく部室行きなよ」
「職員室まで行く。どうせ通り道だし」

こうして、はやく部室に行ってあげたほうがよいのではという私の想いとは裏腹に、三ツ谷が職員室までお供してくれることになった。





教室を出てからは専ら先日から通うことになった塾の話で、他の学校の子がほとんどで未だ友だちがいないことや最後までいると帰り道が少し怖いことを話した。

教室から職員室はそう遠くないので自然とゆっくり足を進めていたのに、あっという間に到着していた。
いつまでも話し込んでいるわけにはいかないので、会話を切り上げようとしたタイミングでハツラツとした声が聞こえてきた。

「あ!三ツ谷くん!」
「お〜、タケミっちじゃん」

見ると、金髪リーゼントといういかにも不良そうな男の子で、三ツ谷の後輩らしい。微妙に敬語を使っているし、上履きの色からして間違いないだろう。

「三ツ谷くんのカノジョさんっすか?初めまして。武道っていいます」
「違う違う。ただのクラスメイトだよ。ミョウジです」

タケミッチくんは東卍の三ツ谷の隊に所属しているそうで、イカツイ見た目の割に優しそうな話し方をする男の子だった。どうやら彼も三ツ谷に用事があり探していたらしい。


「じゃあ俺行くワ」
「うん。部活あったのに手伝ってくれてありがとうね」
「ん。また明日な」


今日の三ツ谷はみんなが言うように優しい三ツ谷だったかもしれない、と思わないこともなかった。



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