風と心の鍵−1
●イナサ×士傑の先輩主
未成年には違法の行為が様々出てきますがそれを推奨する意図のものではありません。また、そうした表現が苦手な方はご注意ください。
屋上のフェンスにもたれて、希糸は青空をぼんやりと見上げる。梅雨が去り夏が近づくこの時期特有の爽やかな快晴。
日差しは夏のそれに近づいていて、空気もどこかじっとりと暑さを持っている。屋上へ続く階段と入口のある僅かなコンクリートの構造と、その上の給水タンクが日陰を作っていなければ希糸はここにいなかっただろう。
体感の暑さとは別に、指先に熱を感じる。見れば、持っていた煙草はかなり短くなっていた。ぼうっとしすぎて、いくらかムダにしてしまったようだ。地面に押し付けて消すと、鞄から携帯灰皿を出して始末する。そこらへん捨てるとバレやすくなってしまうからだ。
それにしても暑い、と思っていると、突然扉が勢いよく開け放たれた。思わず「げっ、」と口に出すと、それを聞き取ったらしい、扉を開けた大柄な少年がこちらを振りかえる。
「今日もいるっスね!」
「うるせぇ」
「む、また煙草っスか!?」
坊主頭に制帽を被ったこの生徒は、一つ下の1年生のヒーロー科に属する生徒だ。つかつかと歩いてくると、面倒そうな顔を隠しもしない希糸の前に立ちはだかる。この生徒の身長は190センチ、170ちょうどの希糸とは実に20センチもの身長差がある。今は座っているので尚更でかく感じた。
別に知りたくもないこいつの身長を知っているのはほかでもない、こいつがこうして屋上に来ては勝手に喋っていくからでしかなかった。
「体に良くないっスよ!つか違法!」
「うるせぇ」
先ほどと同じ言葉をすげなく返すが、気にせず「今日はいい天気っスね!うおー」と何やら喋っている。ふざけんな、と思いながら、暑苦しさを感じて希糸はため息をついた。
***
東の雄英、西の士傑と呼ばれるのは、ヒーロー科に限っての話だ。
士傑高校の普通科は、まぁどこにでもあるような特進過程のもので、普通に上位の大学に進学して普通に良い企業に就職するための場所である。
200年近く前の旧制高校のような古めかしさを今に伝える士傑高校は、今時学ランに制帽という大正時代のような制服になっており、校則も厳しい。
そんな息苦しい学校に希糸がいるのは、エリートの親が安定した将来を希糸に歩ませるため強制的に受けさせられたからに他ならない。
だが希糸はこんな学校が死ぬほど嫌いだった。家に帰らず、進路だけは一丁前にあれこれ口を出してくる親も嫌いだし、ヒーロー科を抑えて学年トップの成績を取る希糸を妬む同級生も嫌いだった。
何もかもが嫌な希糸は、ある出来事をきっかけに更にこの学校を嫌いになり、今こうして屋上でサボりを決め込んでいる。いわゆる不良というやつだ。
学ランの前を全開にしてTシャツを見せ、両耳にピアス、左耳にはイヤーカフとチェーン。煙草を吸って、家ではビールを飲みながら勉強している。
結局、保身のように勉強だけはして成績トップを維持している自分が一番嫌いだった。そんな希糸の成績に配慮してか、授業に出なくなってもう3か月ほど経つが、学校は希糸をやめさせようとしない。
そんな中、この4月に入学したこの男、夜嵐イナサというヒーロー科の生徒が現れた。
この屋上は常に鍵がかかっているのだが、希糸の個性はピッキング、どんな鍵でも開けることができるというものなので、自由に出入りできる。だからここは希糸の不可侵の領域であるはずで、生徒の間にも粗暴な不良が屋上に常駐しているという噂が流れて近づく者がおらず、誰にも邪魔されないはずだった。
なのに、イナサは鍵がかかっているとは知らず思い切り扉を開き鍵を破壊、そして希糸を発見し絡んできて、今に至る。
いったい何が気に入ったのか、イナサは毎日屋上に来ては希糸に話しかけ、ほとんどリアクションを返さない希糸にめげもせず、壊れてしまった扉を我が物顔で通って帰っていくのだ。
ヒーロー科、しかも公序良俗を重んじる士傑の生徒なので、もし希糸に説教でも垂れるつもりなら殴る、と思っていたのだが、イナサは「体に悪い」「違法」とは言っても、大して強く言う事もなく、何気ない話だけしかしなかった。
いったい何がしたいのか、希糸にはさっぱり分からない。