風と心の鍵−2
希糸はげんなりとしながら、おもむろに正面に胡坐をかいて座るイナサを見やる。許可してもいないのに図々しい。
「……んだよ」
「そのピアス痛くないんスか!?」
「別に」
某女優を彷彿とさせるような態度で言うも、イナサは気にせず「ほー」と希糸のピアスを見てくる。ちょうど、風が吹いてイヤーカフのチェーンが揺れた。
「ピアスにネックレスにブレスレットに…なんかあれっスね!チャラい!」
「……はぁ?」
何を今さら、と思わず反応すると、イナサは嬉しそうにする。大した反応をしてこなかったからだろう。
「…バカじゃねぇの」
「これでも1年トップの方っスけどね!でも先輩からしたらバカかも!」
「…へぇ、それは知ってんだ」
どうやら、イナサもまったく希糸のことを知らないわけではないらしい。希糸の成績が良いことを知っているということは、それは不良の癖に学年トップ、というネガティブな文脈だろう。
「肉倉先輩が言ってたんスよ!」
「ふーん」
「あ、その反応知らないんスね!肉倉先輩のこと!」
「知るか」
「2年のヒーロー科1組っス!学年共通科目で発表される学年順位でいつも先輩に勝てないって言ってたっス!」
自分のクラスですら誰も分からないのだ、他の科の生徒など分かるわけがない。それでもヒーロー科はまだ名前が知られている者も多いが、希糸が知っているはずもなかった。
「…で?その不良なのに学年トップの成績してるいけ好かないヤツんとこ来て何が目的だよお前」
「…?別にいけ好かない人じゃないっスよ先輩は」
「うるせぇ、そんな御託はいらねぇんだよ」
希糸はそろそろはっきりさせたかった。ずけずけと人の空間に入ってはこうしてくだらない話をしてくるイナサが何を考えているのかを。
「てめぇ最初にここ来たときは個性がどうのっつってたろうが。それもせず俺と喋るだけなんて、よっぽどヒーロー科は暇なんだな」
「先輩と仲良くなりたくて!」
「ヒーロー科のエリートがこんな不良と仲良くするなんざ株下がんぞ」
「なんで先輩はそんな自分を卑下するんスか?」
希糸はイナサのまっすぐな目にそう言われ、つい言葉に詰まった。単純に不思議そうにしているからだ。むしろこちらが不思議だった。
「…お前ほんとうにバカなんじゃねぇの」
「なんで。俺は、別に先輩みたいな人だっていていいと思うっス。士傑は厳しい学校だけど、先輩がしたいことしてるだけなの、そんな悪いことっスか。そりゃあ、煙草とかは悪いことっスけど…別に先輩は心から悪いヤツでもないし、なんだかんだ構ってくれる優しさあるじゃないっスか」
イナサは普段のテンションに任せた口調ではなく、静かにそう話した。真剣に語られる真剣な言葉は、希糸には想定外で、どうしたらいいのか分からなくなる。
本当に煩わしい、希糸はもう耐えがたくなった。
「…お前うぜぇな。俺は仲良くするつもりとかねぇから。もうここ来んな」
「なっ、先輩、」
希糸はすっくと立ちあがって、薄い鞄を持つ。ちょうど予定が近い時間だ。イナサは焦ったように声をかけてくるが、希糸はそちらに向けて中指を突き立てた。
「うるせぇ、死ね」
がちゃん、と、鍵の壊れた扉を乱暴に閉める。それ以上声は聞こえてこなかった。