特別な存在−9


目が覚めると、布団の中だった。部屋は暗く、どうやら体は綺麗にされている。
すぐ隣にいるのは荼毘で、イズの頭の下には荼毘の太い腕がある。もぞりと動いたからか、薄い眠りにあったらしい荼毘はすっと目を覚ます。


「…起きたか」


外の街灯の明かりがカーテンの隙間から部屋をうっすらと照らし、その顔が認識できる。はっきりとした荼毘の声に頷くと、腕枕をしているのとは反対の腕がイズの後頭部を撫でた。


「……なんで、」


少し掠れた声でやっと出たのは、それだけだった。イズのその言葉には、もちろん色々な意味が込められている。
なんでこんな距離感なのか、なんでこんなことをしたのか、なんでイズの素性より好きなものなんて優先したのか、なんで、好きになったのか。

荼毘はそれを正確に把握すると、「そうだな」と考えるそぶりをする。


「これと言って理由は思いつかねぇな」

「……なにそれ」

「そういうモンだろ、好きになるって。小せぇことの積み重ねなんじゃねぇの」

「そんなこと荼毘さんが言うとはね」

「うるせぇな」


荼毘はそう言うと、撫でていた手を使ってイズを思い切り抱き寄せた。胸元に顔を押し付けられ、息が詰まる。


「うぐ、」

「…俺だって、まさか自分がこんなこと感じるとは思いもよらねぇよ。今でもな。じゃなきゃ、ヤってるときに気づくわけねぇだろ」


荼毘自身、ずっと気づいておらず、最中のイズの言葉でようやく気付いたようだ。「かわいい」と言ったときと、「好きだ」と言ったとき、両方とも荼毘はハッとしたようにしてからその言葉を発した。
イズは、荼毘の鎖骨あたりに額をつけたまま、ゆっくり口を開く。


「…俺の個性は、イグジステンス、どこにでも存在することができて、存在しないことができる」

「…?」


イズは初めて個性を教えた。どちらにせよ、もう荼毘はイズの個性の影響が及ばない。
詳しく説明すれば、荼毘は感心したように「すげぇな」とだけ言った。確かに殺したい放題の個性だ。そして、イズには個性以上に人を殺す確かな技術がある。


「裏を返せば、俺の個性は「いてもいなくても同じ」ってこと。常に発動してる状態だから、俺は、やがて両親からまったく気にされなくなった」


彼らにとっては意図しないネグレクトだ。両親は良い人たちで、イズのことも、4歳まではちゃんと愛していたし、こんな個性でなければずっと愛してくれていただろう。


「耐え切れなくなって、中学のときにこっちの世界に来た。そこで色々と生きるために活動するうちに、その力が評価されて、今の派遣会社に入った。会社にすら個性は内緒にしてる」


企業秘密なんて言ったが、イズの個性を知る人間など誰もいない。個性を告げないことを条件にイズは会社に入ったからだ。


「あるとき、別件で依頼を受けたことがある依頼主から、俺のことを抱きたいって依頼を受けた。それを定期的に受けてたんだけど、別の仕事中にばったり出くわして、そいつは「なんでここに」って俺に向かって言ってきた」

「……つまり、個性の影響を受けてねぇわけだ」

「そう。なんでかと思ってそいつを殺してから周りに聞いてみれば、そいつ、俺のこと好きだったんだって」

「っ、なるほどな。話が読めた」


さすが、頭がいい男だ。イズの個性の影響を受けないのはイズを好きになった者、そしてそれを避けるためにイズがとる行動。
すべてが自身にもあてはまる状況だと見抜いたのだ。


「じゃあ、俺のことも殺すか?敵連合には派遣で来てるんだ、俺のことも邪魔だろ」

「……いてもいなくても同じな俺を、あれだけ興味なくさせるようなことまでしたのに、あんたは好きになった」


ぐ、と眼前の胸板に縋るように顔を押し付けて、腰あたりで手を握りしめる。「なんで…」と、震える声で最初と同じことを言ったイズに、荼毘は小さく笑った。


「だから、理由なんてねぇって。しいて言えば、お前との生活が、これからも続けばいいって、思っちまったからだろうな」

「なんで、俺なんて…!」

「俺にとっちゃ、特別な存在なんだ。諦めろ」


悪びれない荼毘は、まったく後悔していないようだ。イズとこんなにも距離も縮めても、そういう指向でもないにも関わらず、気にせずにいる。
そんな相手を殺せと言われても、イズにはできる自信なんてなかった。


「……諦めたら、荼毘さん、どうすんの」

「そうだなぁ、責任取ってずっと一緒にいてやるよ」

「…上から目線」

「おう、上からお前のことをずっと見ててやる」

「…っ、むかつく…!」


そんな荼毘の言葉に、イズの声は更に震える。怒りなどではないそれに、荼毘は苦笑しながら、また後頭部を撫でつける。
かつての両親のことがいつまでも頭にあるイズは、まだ人と距離を近づけるのが怖い。いてもいなくても同じ、誰にも気に留められないという状態が、もしイズにとって特別な人からも受けることになったらと思うと恐怖を感じる。
だから、イズは「好きだ」という言葉を返すことがどうしてもできなかった。

しかし荼毘は、頭が良くていくらかイズより年上だからだろうか、そんなことまで分かっているようで。
自分にとっては特別だ、なんて言って頭を撫でて、その沈黙で返事ができないイズを許してくれていた。言葉にするのが怖いイズは、それでも少しでも気持ちが伝わればいいと思い、顔を上げる。


「…お、」


そして、ちょっと驚いたようにするその顔に近づいて、そっと唇を重ねた。


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