京都不浄王編/後編−14
朝焼けの市街地の上空を、麒麟に乗って凄まじい速さで駆け抜けていく。まだ起ききっていない街は音も少ないが、少しずつ活気が出始めていた。
眼下の町並みに緑が目立つようになると、やがて北区の山間部に入ってくる。その山のひとつ、金剛深山の山肌の一部が大きく禿げていた。木々が綺麗になくなったそこに、人影が3つ。
シュラ、勝呂、そして燐だ。
さらに残った木々の合間の山道から、続々と祓魔師たちが出てきた。八百造と蟒を筆頭とした出張所の明陀宗門徒たちや日本支部の増援だ。子猫丸もいて、無事にたどり着いたのだと分かる。
「奥村!勝呂!!」
「ぼ〜ん!!」
すぐに到着というところで大声で呼べば、二人揃ってこちらを見上げた。
他の大人たちもこちらを見るなり、 驚いてどよめいていた。麒麟を初めて見たのだろう。
タッチの差で大人たちより先に着地すると、麒麟から降りて燐たちに駆け寄る。
「坊!生きてはったんですか!てっきり死なはったかと思てましたわ、なんちゃって」
「……心配かけたな」
「はは、え?誰が?」
そんな独特の空気感で喋る廉造と勝呂の横で、朝祇は燐のところへ駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「おう!一ノ瀬と志摩も大丈夫だったんだな!…ってか一ノ瀬、その目どーした!?」
燐の驚く声に勝呂もこちらを見て、黄色くなった左目と新たに現れた首から額にかけての模様に息を飲む。
「あぁ、京都の街に結界張るときに黄龍を俺に完全に憑依させたんだ」
「だ、大丈夫なんか」
「平気。勝呂こそ大丈夫?」
「おん…ありがとぉな」
「オッドアイってやつだろ?かっけーな!」
燐が軽く言ったところへ大人たちも到着し、その中にいた子猫丸に気付いた燐が倶利伽羅を振り回す。
「おーい子猫丸!!俺、やっと炎操れるようになったぞ!不浄王以外は燃やさねーようにコントロールできたんだ!」
「瘴気にあてられた連中は私も含めて皆浄化された。青い炎の中で……ものすごい力や、感謝してもしきれへん!」
合流した八百造が、血色のいい顔でしみじみと語る。魔障を受けた人々は全員回復しているようだった。それに燐が照れていると、子猫丸が声を震わせて口を開いた。
「奥村君…ありがとぉ…ホンマ、僕を、ゆるして…!」
「え!?な、なんで泣く!?」
ボロボロと涙を溢す子猫丸に、今度は燐は慌てふためいた。忙しいやつだ。それに、廉造は少し呆れたように、けれど優しい声音で呟く。
「あーあ、子猫さん、ホンマ思い詰め過ぎなんや…」
「それが子猫丸の良さだよね」
「まぁ、せやな」
廉造としみじみとしていると、八百造がやって来る。背後の麒麟をまじまじと見ながら、朝祇に軽く頭を下げた。
「ホンマに助かった、一ノ瀬君。あの五神の守り地を発動させてくれんかったら、上京区ん辺りなんかは相当な被害になっとったかもしれん」
「いえ、そんな……廉造も手伝ってくれたので。廉造がいなかったらできませんでした」
「その目ぇは…黄龍か」
やはり所長だけあって、朝祇が何をしたのかは察したらしい。申し訳なさそうにした八百造に気にしないよう言おうとしたところで、静かな空気を切り裂くように大きな声が響いた。
「兄さん!!」
「おっ、雪男じゃん、お前も無事だったか」
あっけらかんとする燐に、雪男は茫然としていた。そういえば、雪男は燐が脱獄したことを知らなかったのではないか。
「シュラさん…どうしてここに兄がいるんだ、誰が独居房から出した?」
「だからそれはほら、謝ったじゃん?」
やはり知らなかったらしい。大方、シュラが雪男に黙って候補生たちを動かし、その結果も報告しなかったのだろう。
「どーだ雪男!俺ここにいる人達助けたんだ!!テメーを追い抜く日もそう遠くないな!」
「っ、ふざけるな!!自分の状況が分かってるのか!?」
そんな燐を、なんと雪男は思いきり殴った。
怒鳴り声と痛そうなバキッという音が辺りに木霊し、驚いて全員黙ってしまう。
「……分かってるよ」
しかし、燐は冷静だった。怒るでもなく、静かに口を開く。
「やっと分かった。俺は、やっぱりサタンの子で、この力から逃げることはできない」
そんな燐の言葉に、朝祇も、そして恐らく廉造も、内心びくりとするところがあった。まったく同じような葛藤を抱えていたのだから。
「ずっと向き合うのが……認めんのが怖かった。でも、それじゃ、ダメ、だった、んだよ、な…………」
そこで燐は意識がついに途切れたらしい。ゆっくりと傾く体に、雪男が焦って駆け寄る。
遠くから、たくさんのヘリコプターの羽の音が、聞こえ始めていた。