島根イルミナティ編/後編−13


エレベーターで最上階に上がると、柔造は部下たちに指示を出した。何人かは階下に行って、女郎花のネームプレートがないか確認するのだ。頷いた祓魔師たちに礼を言うと、口々に気にしないよう言って階下へと向かった。


「すみません、手間をかけさせてしまって…」

「人のこと助けるのが祓魔師や。同じ祓魔師も例外やない。気にせんでええ」


柔造はそう明快に笑い、他の祓魔師たちをフロアの端から探させた。柔造と朝祇はエレベーター付近からだ。
人気のない廊下を、一軒ずつ回っていく。この辺りは入居者がもともといないのか、皆すでに実験に使われたのか、室内には誰もいなかった。

そんな中、ついに発見してしまった。
"女郎花"というネームプレートのある部屋だ。息を飲んだ朝祇の肩を叩いてから、柔造はインカムに呼び掛ける。


「該当の部屋を発見、俺が対応する。各自、所長からの本来の指示に戻れ」


朝祇のための捜索から、元の仕事に戻らせると、柔造は扉の前に立つ。


「開けるで」

「…お願いします」


頷くと、柔造は思いきり扉を蹴破った。盛大に扉は開き、暗闇に廊下の明りが差し込む。その光に照らされた室内は、荒れ果てていた。椅子や机が散乱し、荷物や衣服が散らばる。室内に入っていくと、その中には、見覚えのある鞄もあった。


「父さんの…」


その横には、小さな赤い靴。女の子用だろう。この部屋にあるということは、誰のものか明らかだ。
しゃがみこみ、小さな靴を拾い上げる。手が震えていた。背後から柔造が覗き込む。


「…父は、浮気相手との間に娘ができたんです。そのあと離婚して…」

「せやったら、これは…」


すると突然、暗闇から呻き声が聞こえた。パッとそちらを見ると、暗闇にギョロりと目が2つ浮かぶ。
その目はだんだんと近付いてきて、廊下から差し込む明かりに照らされるとその姿を現した。
それは、小さな5歳くらいの子供のゾンビだった。髪がなく、体型からは男女は分からない。だが、この部屋にいるということは、思い当たるのはこの靴の持ち主で。


「ア"…ごぁ…イ"ィ…お…なが…すいだぁ…ァ…こわ…ぃイィ…」

「…っ、こないなこと…なんで…!」


父、高志は陰陽師の血を引いている家の出だったと聞いたことがある。キメラゾンビになれたのがその血のおかげだとすれば、こんなにも小さな子供が即死せずにゾンビになれたのも頷ける。そう考えても、やはりこの子は、朝祇の腹違いの妹だ。
せめて、祓わなければ。朝祇はホルスターに手を伸ばすが、柔造に止められた。そして、抱き締められる。


「もうええ、もうええんや…充分、つらい思いしたやろ…せやし、何も聞かんでええ、見んでええ。俺に任しとき」

「…柔造、さん…ありがとうございます…!」


黄龍が止めてくれたように、柔造も朝祇に手を下させないようにしてくれた。柔造は何かを詠唱し、朝祇の耳に指を当てる。すると、何も聞こえなくなった。その状態でぎゅっと胸元に抱き寄せられ、視界が塞がれた。柔造の心音と体温だけを感じる。
そして、柔造は手をゾンビにかざした。きっと、錫杖を置いているから詠唱で倒すのだろう。


「…ごめん、ごめんね…俺を許して…!」


外の音は聞こえないが、自分の声は頭蓋骨を通して響くため聞こえる。会ったこともなかった妹に、助けてやれなかったことを謝るしかできなかった。きっと確率からして母親は即死しただろう。高志の家庭はこれで全員亡くなったことになる。
助けたかった。彼らはここで死ぬべきようなことをしたわけでもなかった。あまりにも朝祇は無力で、どうすることもできなかったのだ。涙は出ない。ここで泣いたらダメだと思った。

やがて、終わったのか柔造は術を解き、朝祇の耳に音が戻った。


「…終わったで。お疲れさん」

「…ありがとう、ございました…!」

「もう疲れたやろ、寝てまえ。病院まで送ったる」

「そんな、そこまでしてもらうわけには…」


ここまでしてもらってそんな、と思ったのだが、柔造に目元を手で覆われ頭を撫でられると、急速に睡魔が押し寄せた。もう明け方が近く、当然といえば当然だ。


「…おやすみ。よう頑張ったな」


そんな優しい声を最後に、意識を手放した。


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