力の正体−9
同じ頃、廉造が居間にいると、柔造と金造が寝巻きのジャージ姿で入ってきた。険しい表情に、八百造から話を聞いたんだろう、と推察する。
「…廉造、どうすんねや」
いつもと同じように、廉造を挟んで机の反対側に二人は胡座をかいた。切り出したのは柔造で、金造は膝に肘をついて頬杖をしながら黙っている。
「どないするも何も、不浄王んこと知られてもうたんやさかい、所長の言う通りにせなあかんやろ」
あえて八百造のことを所長と言ったのは、客観的にそれが決まったことであることを強調するためだ。廉造の異存は関係ない。
「お前の気持ちのことや。廉造、お前はどうしたいんや」
「どうもこうもあらへん」
柔造と目を合わせない廉造にしびれを切らしたのか、柔造はふん、と鼻をならす。
「諦めるんか、情けない」
小馬鹿にしたような言い方に廉造は思わず睨み付けざるを得なかった。
(誰のせいで何もかも諦めなあかんようになったと思ってんねや)
小さい頃から、勝呂の一人息子と同い年であったがために、勝呂を守れとばかり頭ごなしに言われてきた。まるで、それしか廉造には価値がないように。
世界中の聖職者の命をサタンが奪った、あの「青い夜」で長男の矛造は廉造たちを守って死んだことも、廉造にとってはそれを無駄にするなと恩着せがましく言われ続ける原因でしかなかった。
同じ夜に両親を亡くし早々に三輪家当主となった子猫丸ですら、廉造より優先される対象であった。
そんな中で、廉造が諦めなければならないものは吐いて棄てるほどあった。まさに、文字通り。夢は全部、捨ててきたのだ。
「じゃあ、廉造が何もせえへんなら、俺があの子もらってこかな」
「あっ、ずるいで柔兄。俺も一ノ瀬君と"遊び"たいんやけど」
「ほんまかいらしかったさかい…男や女や関係あらへんなぁ」
「せやな、敏感な子ぉは好きやで」
その二人の言葉を聞いた瞬間、昼間の朝祇が思い出された。模様を見るためにわざと二人によって水をかけられ脱がされたことは分かっていたが、まさか、イタズラをしていたとでもいうのか。
「廉造はいらんゆうし。記憶なくなったら、むしろチャンスやんな」
「勝負やで柔兄、どっちが先に最後までいけるか」
がたん、と音をたてて廉造は立ち上がった。その目に宿るのは、明確な殺意。廉造の視界はまるで真っ赤に染まったようになり、怒りで肩が震えた。
「……兄といえど、殺すで」
「なんや廉造、殺気だって。お前にそんなん言う権利あるんか?え?どこにあんねや、言うてみぃ!!」
柔造も立ち上がると、机にだん、と足をついて廉造の胸ぐらを掴んだ。金造はただ傍観している。
「一ノ瀬君はお前のもんやないやろがぃ、この甲斐性なし!文句あんなら落としてみぃ!!」
「…、落と、す?」
なおも怒鳴る柔造に、廉造はふと冷静になる。誰が、誰を?
「……まさか、お前、気付いとらんかったんか」
金造の呆けたような声が響く。
自分が、あの子んことどう思ってんのか、分かっとらんかったんか。
それは、兄たちに言われて初めて知ったことだった。
「ぁ…俺、一ノ瀬君のこと、好きだったんか…」
「…やっと気付いたんか」
柔造も呆れたようにいい、掴んでいた手を離して座り直した。廉造は力が抜けたように畳に座り、胸に手を当てる。
好き。俺は、一ノ瀬君が、好き。
心の中でそれを確かめるように言うと、それはすとんと腑に落ちた。まったくもって、朝祇に対する様々な気持ちの説明がついた。
いざというときは一緒に逃げちゃおう、なんて笑ってくれたときに感じた気持ち。水泳のときのもやもやとしたもの。柔造と金造への殺意。何もかも、呆れるくらい簡単なことが原因で。
ポロ、と目からなにかが滴り落ちる。生暖かいそれは、ぽつぽつと机を打った。
「好き、や、一ノ瀬君…俺、君と、一緒におりたい…」
痛々しく泣く末の弟に、兄である柔造は胸を締め付けられる思いがした。家柄の関係で廉造に諦観を植え付けてしまったことに、家族は全員後悔していたのだ。
だから、今日その末っ子が朝祇に真っ先に駆け寄って守るように抱き締めているのを見たとき、そしてその眼差しを見たとき、柔造と金造は直感した。朝祇が廉造の中で非常に大きな存在になっているということを。
やっと、諦めたくないと思える人ができた。それを、なくさせたくなかった。それには、廉造の自覚が必要だ。
「廉造、記憶を消させないためには、あの子が明陀宗…もしくは正十字騎士團の祓魔師にならなあかん。つまり、こっち側に来させんねや」
「そんな…危ないやろ」
「危なくないとは言えん。けど、それはお前が決めることや。記憶を消さずにこっちに引き入れるか、今までの一ノ瀬君を諦めて、記憶をなくした後にもう一度近付くか。例えそうしても、結局は離ればなれになんねやけどな」
どっちも大きな決断だ。危険を承知で、朝祇をこちらに呼ぶか。また諦めて、記憶を消させるか。
記憶を消してからまた近づいたところで、廉造は東京に行き、そのまま祓魔師になる。この恋を忘れて、新しくスタートダッシュを切ることも決して悪いことではない。
「まっ、少し考えぇ。けど、明日の夕方には祓魔決行やで。今だけや」
柔造は最後にそう言って、居間を去った。金造も何も言わず、大人しく自室に戻った。残された廉造だけが、部屋の中でひたすら机を見つめ続けた。