逃げない−2
朝祇は、久々にひとりで学校生活を過ごしていた。ここ1ヶ月ほど廉造と一緒にいたからか、誰とも一緒にいないで休み時間などを過ごすのは久しぶりだった。
廉造が欠席しているのは、朝祇の中にいる黄龍を祓う準備をするためだとメールが来ていた。そして、そのあとに記憶を消される。
しかし朝祇は、それを受け入れるつもりはなかった。昨日、心に決めたことだ。
廉造は勝呂のために動いて朝祇に近付いて、黄龍を祓う。今後も勝呂のために東京に行く。
確かに今まで廉造と過ごせて楽しかったけれど、それも中学を卒業するまでのこと。そのあとも廉造が朝祇と仲良くしてくれるとは思えなかった。
どうせ離れてしまうなら、黄龍のことも廉造との思い出も抱えていたい。たとえ、この決断で廉造たち明陀宗を敵に回すことになったとしても。
チクリ、と胸が痛む。東京からこちらに来るとき、友人たちと離れても何も思わなかった。だが、不思議と廉造は別だった。廉造と離れることに、心臓が音を立てて嫌がったのだ。
離れてしまうのならせめて、記憶は忘れたくない。慣れない環境といじめで擦りきれようとしていた朝祇を支えてくれた、日々を楽しくしてくれた廉造のことを、忘れたくなかった。だから、記憶の消去は拒否する。
それに、黄龍のことも祓いたくはない。人間が封印し、人間が土地を汚し、人間が祓う。そんなの、あまりにも身勝手なエゴだ。黄龍は神様らしくちょっと傲慢なところもあるけれど、神様らしく、人間を大事にしてくれてもいた。そんな黄龍の助けになりたい。
その決意を、今日は廉造たちに伝えに行くつもりだった。
そう意気込んでいたら授業はあっという間に終わり、いつしかホームルームになっていた。担任から簡単な連絡事項が伝えられるのを聞き流す。少し、緊張していた。
「この前から言っとったように、今日はホルムアルデヒドの臨時検査をすることになっとるさかい、これ終わったらすぐ帰りや」
普段から直帰する朝祇には関係のない話だったが、大体の生徒には放課後の一切の活動ができないため関係する話だったようだ。ざわざわと帰ったら何をしよう、と話している。
そうしてホームルームが終わり、掃除が始まった。一応掃除だけするらしい。運悪く当番だったため、朝祇は逸る気持ちを押さえて箒を手に取った。
***
掃除が終わり、廊下のロッカーに用具を片すと、朝祇は荷物を取りに教室に入った。すでに他の当番と担任は帰っていたため、自分だけだと思っていた。
「お疲れ様〜一ノ瀬君?」
しかし、教室には2人の男子。最近大人しくなってすっかり忘れていた、いじめの犯人たちだ。主犯格の生徒の手には、朝祇の鞄がある。
「…何か用?」
「用があるかやって?あんに決まっとんやろがぃ!」
主犯格がそう怒鳴ると突然、背後から掴み掛かられた。もう一人が最初から隠れていたらしい。
「なっ!くそ、離せ、」
「最近は志摩とおったさかい手ぇ出せんかったけど…今日はちゃうで」
「俺が何かしたかよ!」
「何も?ただむかつくだけや」
嘘だろ、と朝祇は顔を青ざめさせた。そんな理由にもならないようなことを言って、これからとんでもないことをしようとしている。ともすれば犯罪だ。
「やめろ、そんなしょうもないことで人生棒に振る気かよ!」
「んー?お前がチクれたらなぁ」
そう言って主犯格は、朝祇のワイシャツに手をかける。そして、一気にボタンを引きちぎって前を開いた。
「は……」
「殴られると思うたか?ふせ〜いか〜い、お前はこれから…」
女になるんや。
耳元で囁かれ、今度こそ朝祇は絶望した。本気で言っているのかと信じられない。
助けを喚ぼうにも、今日はホルムアルデヒドの検査のため校舎に人はいない。業者が端の部屋から検査を始めているくらいだろう。
「お前、顔だけは綺麗やし、頑張ればいける」
「俺は余裕やで」
「俺もな」
「お前ら好きもんかいな…」
主犯格以外はノリノリで、朝祇の体にもう手を這わした。白い肌に男子たちの武骨な手が滑り、いやらしく腰や胸を撫でた。
脇腹や胸の尖りなど敏感なところを触られて、生理的に声を抑えられない。
「ふ…ぅっ…」
「感じとるん?」
朝祇を羽交い締めにする後ろの男子が、朝祇の耳をねっとりと舐めあげた。気持ち悪さにぞわぞわとしたものが駆け上がる。
「なぁ、お前、志摩とはもうやったんか?」
主犯格はそう聞きながら朝祇のベルトを外しスラックスを下げる。
「んなわけ、」
「なんや、もう手ぇ出しとると思ったんやけど。まっ、どちらにせよ志摩は来ぉへんし、来たところでどうせお前のことなんてどうとも思わんのとちゃう?」
「あー確かに。あいつ、女受けようするためにお前と友達ごっこしとったんやろ?」
「一ノ瀬に声かけようと志摩に話しかけた女の子を志摩が食ったいう話もあるしな」
朝祇を置いて、男子たちの話は続く。そんなの戯言だ、気にするなと言い聞かせるが、勝呂のために近づいたのだという昨日の話が脳裏にちらついた。
「お前も志摩に食ってもらいたかったかもしれんけど、先に頂くでぇ〜」
主犯格は下卑た笑いを浮かべて、朝祇を床に突き飛ばした。そして、俯せになった上に馬乗りになり、朝祇の尻を開く。
「ホンマは慣らさんとあかんらしいけど、お前がどうなろうとかまへんし、こんまま行くで」
主犯格はローションもゴムもつけず、まったく慣らしていない後ろに自身を宛がった。その痛みが容易に想像されて、朝祇は抵抗した。しかし、他の2人に押さえ付けられる。
「くそ、ふざけんな、離せよっ!!」
「うっさいわ。あ、せや、動画撮って志摩に見てもらうか?そんな抵抗すんなら志摩にお前の姿送りつけるで」
携帯を別の一人がかざし、主犯格はぴとりと穴に自身を当てる。もう、力を入れるだけだ。
「―――っ!!」
犯される。 それを志摩に見られる。そう分かった瞬間、呆れるくらい今さら、朝祇は自分の気持ちに気付いた。
いやだ、いやだ、助けて、志摩。志摩がいいんだ、だって、俺は。
志摩が、好きだから。
離れたくない、忘れたくない、一緒にいたい。
こんなやつらに汚されたくないし、それを見られたくない。
「ほな、いくで」
宛がわれた熱に力が入る。ついに、それが始まってしまう。
廉造の笑顔が頭に浮かんだ。
「いやだぁぁぁあああ!!!」
その瞬間、パァン!という甲高い音とともに、教室の照明が弾け割れ、床にガラスが降り注いだ。
「な、なんや!?」
3人はあわてふためいて立ち上がる。
さらに、ガタガタと窓が音を立てて揺れ始めた。そちらを見れば、窓越しに校庭に風が集まって砂埃が立ち上がるのがみえる。曇天の空は時おり雷光が光り、徐々に校庭の砂埃は渦を巻いて高くなっていく。
風が強いのか、窓がさらに激しく音をたてる。
その砂埃は、ついに完全な竜巻へと姿を変え、その上部はまるで龍のように頭をもたげていた。
茶褐色の砂埃によって現れた龍は、まさに、伝説の姿そっくりだった。
「黄、龍……」
『いつまでもされるがままとは。自己防衛くらい覚えろ』
頭に響く声は怒っているが、優しさが滲んでいた。不覚にも、それに涙ぐむ。
砂埃の龍はその頭を、思いきり朝祇たちの教室に衝突させた。
窓ガラスは一斉に砕けちり、机や椅子が互いにぶつかりながら吹き飛ぶ轟音が教室を満たす。扉を破壊し廊下に倒し、風と砂埃が教室を吹き荒れた。
「うわぁぁあぁあ!!!」
3人の悲鳴がまだらに響き、やがて途絶える。
そして、風がふっと止み、恐ろしいほどの沈黙が落ちた。そこで、朝祇の意識も途絶えた。