祓魔塾始動−7
勝呂と燐の衝突は、早くも数分後に再び勃発することとなった。
廉造とパーカーを被った山田という少年が走っていると、突然着信音が鳴り響いた。その主はまさかの椿先生だ。
内容からして妻や恋人を連想させるものだっただけに飽きたらず、そのまま退室する始末。勝呂の怒りも頂点に達しようとしていた。
「ホンマかいな…」
呆然とする勝呂に、競技場から戻ってきた廉造も呆れたように同意する。
「子猫ちゃん言うてはったで」
「しかも体育で自習って」
「そんなのありー?」
出雲と朴も不満を滲ませる。自習といわれて何かできるわけではない、当然だ。
競技場は巨大な蛙の悪魔、リーパーが待機しており入れない。
「俺の子猫ちゃんは嫉妬させるんが上手いみたいやし?」
すると、廉造が肩を組んで耳元で囁いてきた。先程の燐とのことだろう。一応空気を呼んで小声なのだろうが、いかんせん周りにいる勝呂たちには聞こえていた。
「おい子猫丸、呼んでるぞ」
「子猫違いや!」
「やかましいわ!」
ドス、とついに勝呂の拳が廉造の頭を容赦なく襲った。廉造は声すら上げられずにしゃがみこむ。
「ったく、正十字学園ってもっと志高い人らが集まる神聖な学舎や思うとったんに。生徒も生徒やしなぁ!」
「あぁ?さっきからなんだようっせーな!だいたい、なんで俺が志低いって分かるんだよ」
勝呂は再び燐に対して煽りをかける。
今回ばかりは勝呂の気持ちも分かる。寺の再建のため、人生をかけて実家を家出するように出てきたのだ。教師にまでこんな態度をされては頭に来る。
朝祇だって母に背中を押されて強い覚悟を持って来ている。生半可な気持ちではない。
しかし、かといって勝呂に燐をとやかく責める権利もないのだが。
「ホンマに志高い言うんなら、証明してみせろや!」
「どうやって」
「あれや。リーパーんとこまで行って、襲われずに帰ってこれたら勝ちや」
水の王の眷属であるリーパーは、相手の心の動揺を見抜くと攻撃を仕掛けてくる。恐怖や不安、猜疑心などである。襲われずに帰ってこれるということは、確かにそれだけ強い意思を持っていると見ることもできる。
「おもしれぇ、やってやるよ…とでも言うと思ったのか?バーカ」
だがしかし。燐は意外にも冷静だった。言い方はともかく、「死んだらどうするんだ」とまともな反論を返す。
「俺にも野望があるしな」
「野望…?ハッ、お前らまさか言うたな!?」
勝呂はピンと来たらしい、廉造と子猫丸に詰め寄った。動揺する2人の態度がもう答えだ。
確か、勝呂にも野望があると聞いたことがある。勝呂と寺の話をしていたときだったが、寺を再興することと関連して、もうひとつの野望があるのだという。それは、青い夜を引き起こした張本人、サタンを倒すこと。そのために勝呂は必死になっている。
「…っ、俺はやったる…!お前はそこで見とけ!!」
「ちょお、坊!」
燐と対照的に、勝呂は冷静さを欠いていた。意気込んで入学してからずっと張り詰めていた勝呂の緊張が爆発してしまったのだろう。
廉造と子猫丸が不安げに見詰めるなか、勝呂はずんずんリーパーの元へ進んでいく。
(黄龍、もしものときは地中から壁出して)
『…仕方ない』
いざというときのために、朝祇は黄龍に先手を打つよう頼んでおく。学園と違い、ここなら力を発現させても問題ない。いや、問題はあるのだが、今回は致し方ない。
そして、勝呂はリーパーの前に辿り着く。リーパーと目線を合わせ、勝呂は怒鳴るように言った。
「俺は真の祓魔師になって、サタンを倒す!!」
リーパーに反応はない。だが、吹き出す声が響いた。
「ちょ、サタンを倒すって!子供じゃあるまいし」
「……っ!」
クスクスと笑う出雲の声は、静謐な空間に虚しく木霊する。
まさか、と思った瞬間、リーパーが獰猛に口を開いた。やはり、笑われたことに動揺してしまったのだ。
「坊っ!!」
廉造が叫び、朝祇は黄龍に予定通り指示しようとした、そのときだった。
人影がバッと競技場に躍り出て、勢いよく勝呂の前に着地する。燐だ。
思いきり勝呂を庇ってリーパーにくわえられるが、それを受け止めて見せる。
(離せ……離せって、言ってるんだあぁ!!)
そして頭のなかに響くのは、燐の声。黄龍を通して聞こえてくる悪魔の声だ。
さすがサタンの子というべきか、リーパーは途端に落ち着きおとなしくなった。口を離して燐を解放する。燐がかけたのはどれだけの圧力だったのだろう。
「何やってんだ…バカかてめぇは」
「は…」
「いいか、よーく聞け!!サタンを倒すのはこの俺だ!!てめぇはすっこんでろ!!!」
今度は、燐の大声が広い空間に響き渡った。勝呂や他の生徒たちも目が点になる。朝祇も呆然としてしまった。耳を疑う、といったところだ。
―――サタンの息子が、祓魔師になって、サタンを倒す。メフィストが愉快そうにしていた意味が分かった。
(なんて…数奇な人生なんだろうね)
『やっとそのような感想まで至ったか』
お見通しだった神様には脱帽だ。
先程までとは違う、微笑ましい口論を始めた2人に、朝祇はひどく安堵した。