関係の進展−2
薄暗い室内に人の気配はない。さすがに中にズカズカ入るわけにはいかないため、玄関から中に向かって声をかけることにした。
「すいませーん!誰かいますかー!」
すると、ドタドタと足音がふたつ。いったい誰が来るのか、と少し緊張して待っていると、ほどなく顔見知りが現れた。
「一ノ瀬君…?どうしたんです?」
「一ノ瀬じゃん!つかびしょ濡れじゃねぇか!」
なんと、出てきたのは奥村兄弟だった。なんでこんなところに、とは相手も同じことを思っているらしい。ここは礼儀として先に答える。
「や、いきなり雨に降られてさ…雨宿りしてたら寒くて、中入れないかって思ったら入れたから声かけてみたんだ」
「なるほど、それは災難でしたね、よければ上がってください」
「風呂もう入ってっから行ってこいよ、ジャージ貸してやるから」
雪男も燐も快く迎えてくれた。ニュアンスからして、2人はここで生活しているらしい。詳しく聞きたい気持ちはあったが、寒さが打ち勝った。
先に浴場へ案内してもらい熱い風呂に人心地ついてから聞いてみることにした。
風呂から上がり、燐から借りたジャージを来て呼ばれていた食堂へ向かう。個室に風呂がついている朝祇たちの寮とは違う大きな共同風呂であったが、その大きさを一人で使えるのは楽しかった。
食堂に入ると、何やら美味しそうな匂いが立ち込めている。美味しそうだが、和食も洋食も混ざった不思議な匂いになっている。
並べられた長机の1つに腰かけた雪男のところへ行くと、厨房を指差される。
「なんですかあれ…ウコバク?」
「さすが一ノ瀬君、その通りです」
厨房には、様々な食器を洗っては拭いて片付けてを繰り返している燐と小さな悪魔の姿があった。悪魔はウコバクといって、体長30センチほどの小鬼のような見た目をしたいる。小鬼といっても比較的愛らしい見た目で、小さな体のわりに大きめの手や下半身を覆うエプロンがかわいい。
ウコバクは夜中に勝手に台所に入り、一手前加えて料理を美味しくしてくれる悪魔として知られている。
「ウコバクはこの旧男子寮で、僕達のために料理番をしてくれているんです。恥ずかしながら、今日まで存在を知らなかったんですがね」
雪男の話によると、ウコバクが料理をしてくれていると知らず勝手に厨房を使った結果拗ねられ、燐とウコバクで料理対決をして分かり合ったらしい。 すっかり仲良くなって片付けをしている。
「てか2人のためって、やっぱりここ、2人しか住んでないんですね」
「ええ、まぁ…」
言葉を濁す雪男。燐は片付けを終え、こちらを振り返った。見た目こそ普通だが、燐はサタンの息子。雪男も当然それは知っているだろう。こんな辺鄙なところに隔離されているのも仕方ない。なぜなら、
「やっぱ悪魔だもんなぁ…」
その瞬間、空気が凍った。遅れて、朝祇はサッと顔を青ざめさせた。
今、つい声に出していなかったか、いや、確実に出していた。現に、燐は驚愕で目を見開き、雪男は腰のホルダーに手を伸ばしている。
「……なぜ、それを?どこまで知っているんですか?」
雪男は冷静に訊ねる。その目は答えようによっては撃つと言っている。燐はショックを受けたようにこちらを見ていた。しかし、朝祇にとってこのことは重大なことではない、包み隠さず話すことにした。
「……黙っててすみません、でも俺、黄龍に聞いちゃったんです。サタンの落胤がいるって」
「黄龍?」
首を傾げる燐に、朝祇より先に雪男が答えた。
「一ノ瀬君に憑依している神格級の悪魔だ。この模様がそれを示している」
「あぁ、この前言ってたやつか…」
「それで?なんでそれが兄さんだと分かったんです?」
なおも追撃をやめない雪男に、メフィストと話したことを明かすか逡巡したが、メフィストならこの程度で痛手を負うとは思えない。これも正直に言うことにした。
「メフィストさんと入り用があって話したときに、交渉材料として使っちゃいまして。祓魔塾に来ることは聞いてたんです。あとは黄龍がそれをもとに、燐だと断定しました。ほら、初日に犬に化けたメフィストさん連れてたでしょ?」
燐はあぁ、と納得したようだ。雪男は大した事情でなかったことに拍子抜けしたのか、メフィストの話の辺りから怒りの方向をあの愉快犯に向けたようだった。