冀うは、−2


次の時間は、初となる使い魔に関する授業だった。まさに、手騎士の才能があるかどうか分かるだろう。
眼帯をした講師のネイガウスは、床に巨大なコンパスとチョークで複雑な魔法円を描く。正式な形のもので、実用の上では簡略化された印章紙を使用する。
さっそく燐が踏みそうになって注意されていた。


「召還には、己の血と適切な言葉が必要だ。―――テュポエウスとエキドナの息子よ、求めに応じ、出でよ」


ネイガウスは常に血を滲ませているらしい右手を魔法円にかざし、血を数滴垂らした。すると、魔法円から白い煙が溢れだし、中央からゴポゴポと茶色いものが吹き出してきた。それは徐々に形を成し、ついに犬のような姿となる。ナベリウスだ。


「ナベリウスや…!」

「初めて見たわ…」


子猫丸と勝呂は初めて目にする悪魔に興味をもって見るが、廉造は鼻を押さえて「硫黄くさ」としか言わなかった。
朝祇は後者のリアクションである。


「悪魔を召還し、使い魔にできる者は非常に少ない。悪魔を従える強大な精神力もそうだが、何よりも天性の才能が必要だからだ。お前たちには、その才能があるかテストしてもらう」


ネイガウスは、授業冒頭に配った印章紙と縫い針を出すよう指示する。何にどう使うかは分かっていたが、ついに使うときが来たか、と緊張が走る。


「紙に己の血を垂らし、思い付く言葉を言ってみろ」


え、そんな雑なの?と朝祇は面食らうが、他はそうではないらしい。あまりにもふわっとしているのでは、と思ったが、出雲はすぐに行動した。


「稲荷神に畏み畏み申す。成すところの願いとして、成就せずと言うことなし!」


その瞬間、出雲が両手に持つ二枚の印章紙から、光が飛び出した。光は空中で弾けて形を成し、優雅に着地する。それは、狐に酷似したものだった。


「白狐2体…見事だ、神木出雲」

「出雲ちゃんすごい!私全然だめだ…」

「当然よ、私は巫女の血統なんだもの」


どや顔を決める出雲。朝祇はやはり、と確信した。廉造のスパイとして監視する対象である神官の家系の娘とは、出雲で間違いない。少し暗い気持ちになりかけたところで、勝呂、子猫丸、廉造と立て続けに失敗した声が聞こえた。廉造に関しては演技だろう。うっかり夜魔徳を呼び出すようなヘマはしない。
他の生徒たちもダメだったようだ。


「わ、私もやってみます!」


しえみはわざわざ宣言してから、紙を女の子らしく両手で持って、「おいで〜おいで〜…なんちゃって」と言葉をかけていた。文句なしに可愛い。
すると、紙から小さく光が弾け、小さな緑色の人形のようなものが現れる。


「緑男(グリーンマン)の幼生のようだな。よくやった、杜山しえみ」


しえみは可愛らしい緑男に笑顔を向けてから、何やら決心したように顔を上げた。


「か、神木さん!私も、使い魔出せたよ!」

「…すっごーい、小さくて豆粒みたいでかわいー」


棒読みのトゲのある言葉に男子陣が眉を寄せそうになるが、しえみは「すごい?可愛い?ありがとう」とニコニコ顔だ。天然は強い。


「あとは一ノ瀬だけやな」


勝呂のはよせえ、という目を向けられ、また最後となった朝祇に全員の注目が集まる。少し緊張したが、頭の中に言葉は浮かんでいた。違っていて使い魔が出てこなかったらという恥さらしへの不安はないでもないが、不思議とできる自信しかなかった。ちなみに、黄龍はすでに朝祇に憑依しているため出てくることはないし、使い魔という括りにはならない。


「…黄土が瑞獣、毛蟲が長、(こいねが)うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」


京都時代に黄龍について調べているときに見つけた文献の一節を、特に暗記したわけでもないのに今急に思い浮かんだことで思い出した。それを血をつけた印章紙に向かって言えば、紙から大きな光が飛び出した。
朝祇の周りを1回転して少し後方で一際強く光り、そして白い煙とともに姿を現した。

艶やかな黄褐色に輝く繊細な毛並み、無風なのにたなびく鬣、鹿のような体は体長2メートルはあり、その頭には1つの角が突き出す。まさに神聖な存在とはっきり分かる風格があった。


「ユニコーン…いや、言葉からして漢文調だったから麒麟か。まさか、神獣を召還するとは…やはり、あの一ノ瀬家の子孫だったか」


あまりの神々しさに唖然とする生徒たち、ちなみに朝祇も含まれるが、ネイガウスは違った。冷静に悪魔が麒麟であると判断し、さらに意味深長なことを言った。


「どういうことですか…?」

「知らないのか?末期の唐から戦乱を逃れてやって来て同化した渡来人から派生した一族が、かつて平安京を中心に降魔術で名声を上げていた。一ノ瀬家はその末裔として、戦前までそれなりの名家だったと聞くが」


確かに、母が昔は名家だったと言っていたし、学費はその遺産から捻出されている。しかし、それがそんな背景によるものだと知らなかった。


「黄龍が憑依できたのも、そもそもお前が一ノ瀬の末裔だからだろう。それにしても、いきなり麒麟を召還するとは、大したものだ」

「一ノ瀬すっげーな!めっちゃかっけぇ!」

「朝祇にこんな才能があったとは…さすがやんなぁ」


我を取り戻した燐や廉造はテンションを上げて麒麟を見る。朝祇が麒麟に手を伸ばせば、すり、と手に擦り寄ってきてくれる。
まさか、先祖の血筋に助けられるとは思っていなかった。とにもかくにも、手騎士の才能はあると見ていいのだろう。当面の志望マイスターはこれで決まりだ。
それに、と朝祇はさらさらの毛並みを撫でながら考える。先ほど浮かんだ言葉は一つではなかった。微妙に言葉を変えて、似たような文言が他に4つ浮かんだのだ。それもいつか試す必要があるだろう。

しかも、廉造はそもそも錫杖による騎士、夜魔徳による手騎士のマイスターが取得可能だし、仏法僧として詠唱騎士もできる。廉造を守るには、廉造を越える部分が必要だ。召還できる悪魔の研究の他に、自分が他に何をできるか、考えることはたくさんあった。


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