冀うは、−3
いよいよ、合宿の日がやって来た。しばらくの間、奥村兄弟が暮らす旧男子寮で寝泊まりしながら学校や祓魔塾に通うことになる。
寝間着と下着をバッグに詰め、普段のスクールバッグにテキストを収める。そして放課後から、朝祇たち4人はそれらを持って旧男子寮に向かった。途中、他のクラスの出雲たちも合流し、最終的に奥村兄弟以外全員でぞろぞろとやって来た。
「なんやこれ、幽霊ホテルみたいやないか…」
一応寺と旅館の主人たちの間に生まれた坊っちゃまである勝呂は、廃墟のような佇まいの旧男子寮に顔をしかめた。朝祇も、改めて日差しの下で見ればすごい建物だったのだと実感した。初めて雨宿りしたときはそれどころではなかった。
ちなみにあれ以来、ちょくちょく燐から料理を教えてもらっている。そのため、この男子寮はそれなりに見慣れたものになっていた。
「へぇ、ここが朝祇が料理教えてもろとるとこかぁ…」
「やめろ、ハードルをあげるな」
楽しみで仕方がないとばかりに笑う廉造に胃が痛くなりそうだが、もともと要領は悪くない朝祇はメキメキと上達していた。ちなみに、やはり燐は教えるのが下手で、主に黄龍の力を借りてウコバクの説明を聞いていた。彼はとても分かりやすく説明してくれる。
「ようそれ言うけど、俺は朝祇が作ってくれたいうだけでホンマ嬉しいで」
「お前がそうやって楽しみにすればするほど、美味しいやつ作ってやんなきゃって気持ちになって俺の中でハードル上がるんだよ。何より、相手がお前だし」
「んんんっ…あかん、こんなとこでそんなかわええこと言わんといて…」
「なにイチャついとんねん」
悶えた廉造に、容赦なく勝呂の肘鉄が入る。すぐ手が出るところ直した方がいいのでは?と言おうと思ったがやめておいた。食らわなくていいものは食らいたくない。
***
「…はい、ではそこまで。プリントを裏にして回してください」
夜19時近く、数時間にわたって怒濤のように続いたひたすら問題を解く苦行は、ようやく終わりを迎えた。ローテーブルを2つ繋げて床に座ること数時間、ずっとプリントを解き続けていた。
ちなみに、お誕生日席に廉造が座り、朝祇と燐、子猫丸と勝呂が向かい合うように座っていた。隣にいた燐は動きが大胆な上に時間が経つにつれ集中力に限界が近付き、消しゴムを置くにもシャーペンを取るにも大きく動いて邪魔だった。
それを避けて徐々に廉造の方に動いた結果、廉造も机の下で足を使ってちょっかいをかけてきたため、もはや朝祇に落ち着いて解けるスペースなどなかった。
「俺…ちょっと風に当たってくる…」
「おー、冷やしてこい」
燐はヘロヘロと立ち上がって外へと向かう。勝呂も疲れからか、自然に燐に返していた。
「明日は6時起床、登校するまでの一時間で答案の質疑応答をします」
「鬼だ…鬼…」
そんな生徒たちへの一切の慈悲も見せず、雪男は明日の予定を告げる。思わず燐も鬼呼ばわりだ。お前は悪魔だろう。
「朴、お風呂入りにいこ」
「うん」
「わ、私も!」
外に出た燐に続き、一息ついた出雲は親友だという朴を連れて風呂に向かう。しえみもそれについていった。男子寮だが、臨時の女子風呂を設けているそうだ。
お風呂大きいといいね、などと楽しげに話しながら部屋を出る出雲たちを、廉造は下心丸だしで目で追っていた。
「女子風呂かぁ…ええなぁ、ここは覗いておいた方がええんとちゃいますかねぇ」
「志摩!!お前仮にも坊主やろ!!」
「また志摩さんの悪いとこ始まったで…」
「そんなん言うて、2人とも興味あるくせにぃ」
ニヤニヤといやらしい笑みを崩さない仏法僧()に、勝呂たちは呆れを隠さない。そこに、冷静な声がひとつ。
「一応、ここに教師がいることをお忘れなく」
椅子に座って答案を確認する雪男だ。しかし廉造は悪びれずその肩を叩く。
「教師言うてかて、あんたも結局高1やろ?無理しなはんなって」
「…僕は無謀な冒険はしない主義なんで」
隙のない様子に、さすがの廉造もたじろいだ。正直、健全な男子としては廉造が正しい。正しいが、朝祇は廉造の恋人である。そりゃ、お互い女の子は嫌いではないから、クラスの女子の品評会だってAV女優の評論だってやるが、さすがに覗きに行こうなどというほど能動的に関わろうとするのは余所見というものだ。品定めくらいなら許せるが、わざわざ行動して覗こうというのはアウトである。
「ここにも一応、俺がいることも忘れんなよ、ダーリン?」
「なっ!!ちゃうねん朝祇、これには深い訳が…」
「水溜まりの方が深そうな訳だなぁ?俺も風に当たってくるかな〜奥村もいるかな〜」
「朝祇〜…」
「あはは、ついてくんなよ」
情けない声を出す廉造を放置し、朝祇も立ち上がる。冗談のノリなのは2人の中で分かっている、というか普通に色恋経験のある者なら分かる空気感だが、涅槃の道に片足を突っ込んでいる勝呂と子猫丸は焦り、雪男はポカンとしている。
燐の方が男前だよなぁ、なんてことはさすがに可哀想なので言わないが、まぁ焦った勝呂たちに説教されれば良いだろう。
朝祇はそんなことを考えながら部屋を後にした。