千年の都へ−4


学校に着くなり、朝祇は体育着を机の横から鍵つきのロッカーに移した。
その後、トイレに行くフリをして入ってからすぐ、あたかも用事を思い出したかのようにトイレを出れば、数人の男子とぶつかりそうになった。クラスの、朝祇をいじめていると思われる奴等だ。
昼には、給食の配膳中に教室の外で時間を潰した。


給食の時間が終わって昼休みに入ると、ようやく教室には平穏が訪れた。
試しにもう一度奴等の内心を覗いてみる。

(くそ、なんやあいつ、トイレいかへんのか)

(なんで今日に限ってロッカーやねん)

(給食んときどこいっとったんやあいつ)


ことごとく失敗したため、かなり悔しがっているようだった。
しばらく観察したが、新たな方策は考え付かなかったようだ。他のことを考え始めたため、力を止める。

そうして顔を上げると、教室に残っていた生徒たちがみな苦しげになっていた。
頭いたい、腹いたい、目眩がする、吐きそう、そんな声が四方八方から聞こえてくる。


そこで思い出したのが、声の主の言っていたこと。
対価の力を周囲から取り込む、と言っていた。まさか、これがそういうことだろうか。

朝祇はさっと青ざめるのを感じた。これは、自分のせいだ。

もう認めざるを得ない。何もかも、現実だということを。


***


その後、体育の時間になり、朝祇は体育着に着替えた。授業が始まる頃には、みんな回復しているようだった。
少し服を脱ぐのを躊躇ったが、周りには見えないということを信じて着替えた。それでも少し嫌だったため、半袖短パンに長袖長ズボンのジャージを着て、袖と足の裾をロールアップした。

体育館に集まり準備体操を終えると、各自バスケのボールを持って練習を始める。球技は苦手ではないが、今日はメンタル的に動く気分ではなかった。
とんでもないことになってしまった、という先の見えない不安でいっぱいなのだ。

だからだろうか、油断していた。
いじめ主犯者が放ったボールが、朝祇の進行方向に転がってきた。それを避けきれず、気づくのも遅れたため、思いきり踏んで突っ掛かってしまった。


「う、わっ!」

「っとぉ、大丈夫かいな」


思わず目をつぶってしまったが、体は床に倒れることなく、温かく、筋肉質な固さの体に抱き留められた。
顔を上げると、朝祇より5センチ近く高い位置で目があった。

タレ目の甘い顔立ち。一目でモテそうだと分かる生徒は、確か志摩廉造といっただろうか。自己紹介で煩悩の塊と称されていた。


「あ、ありがと…」

「ええよ、気にせんで。あいつらもてんごが過ぎるわ…」

「…?」


小声で付け足された言葉は聞き取れなかったが、気にせず廉造から離れ自分で立つ。


「ちょうどええわ、俺、志摩いうんやけど、一ノ瀬君と話してみたかったんや」

「あ、あぁ、知ってる…煩悩の…」

「なんでそこ覚えとんねん!男ならみんな持っとるやろ!」

「それは否めないけど…」

「一ノ瀬君も隠さんと…って隠しとらんかった!」


意外やー!とオーバーなリアクションをする廉造が面白くて、朝祇はくすりと笑った。久々に学校で笑った気がする。


「おー…笑うとかいらしなぁ、自分」

「かいらし?」

「かわええっちゅうことや」

「悪い、俺まだ京都の眼科分かんないから、東京のなら紹介する」

「じゃあ別嬪なお姉さんがいはるところ…って必要あらへんわ!」


打てば響くというか、しっかり返してくる辺り関西人だと感じる。東京の若者はもう少しドライかつシュール系で淡々と冗談を言い合う。

「まぁ、とりあえずパス練しようぜ」

「おん、一ノ瀬君には負けへんで」

「勝負じゃないだろ」


笑いながら、ボールをドリブルして床に打つ。廉造と話してから、急に心が軽くなったような気がした。


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