いざ米国−2



朝祇は廉造の手を離し、意を決して立ち上がる。そう長い時間のことではないけれど、ようやく決心に至ったのだ。



「…俺、ちょっとだけアメリカに行ってくる。メフィストさんの紹介で、手騎士の天才のところに」

「あ、アメリカ!?あだた…」


廉造は驚きのあまり起きそうになり、痛みでベッドに沈んだ。勝呂たちは再び驚きに染まる。確かに、突拍子もない。


「合宿前に話もらってさ、ずっと悩んでたけど決心ついた。メモがいつのまにかポケット入ってて、決心ついたらどうすればいいか書いてあったから行ってくる」

「ってもう行くん!?急展開過ぎん!?」

「思い立ったが吉日じゃん?」

「そ、そないな急に朝祇と離れなあかんとか俺の決心つかんわ!」

「やかまし!女々しいわ!」


すると、勝呂が容赦なく廉造の頭をはたいた。さすが男気が服を着て歩いているような男、勝呂はシュっと親指で廊下を指す。


「お前なら上手くやれるはずや。気張って来い。廉造!お前もさっき話聞いてたやろ、送り出したれや!」

「毎晩電話しよな!?」

「メールにしろ、国際電話たけぇんだぞ」

「無理やぁぁあ!!」


暴れる廉造に、子猫丸が側にあったティッシュをぶん投げた。わりと子猫丸も容赦はない。
廉造はベッドに沈み、子猫丸は笑顔でこちらを向いた。


「体には気ぃ付けてな、一ノ瀬君」

「ありがとな……廉造、」


廉造はしょぼん、としてベッドからこちらを見ていた。
先ほどはあんなに明陀宗を含む周りとの関係の希薄さを感じさせる雰囲気だったくせに、朝祇がいなくなると分かった途端にこれだ。
廉造の中で、執着があるもの。恐らく人間関係として唯一執着してくれているのだということの現れでもあるため、朝祇は嬉しくも感じた。

朝祇は廉造の耳元に顔を寄せる。


「…先手を打ってくる。詳しくは、そのときが来たら話す」


小声でそれだけ言うと、その頬にキスをひとつ落として顔を上げた。すぐに廉造はスパイに関することだと察したようで、先ほどからの情けない表情の中、目で了承した。


「…朝祇は男前やなぁ」

「勝呂とか奥村には負けるけどな。じゃあ、そういうことで」


もう行かなければ。3人に手を振って、朝祇は廊下へと出る。


これは、あらゆる意味でただの留学ではない。



***



指定された場所へ向かいながら、朝祇は明け方の空を見上げて息をつく。熱帯夜の高い湿気と気温で嫌気が指す。


「…黄龍、憑依できる距離に限界はないよね?」

『ないが、あまりに遠いと力は弱まるぞ』

「いいよ、ちょっと突付くだけで効果覿面だから。でも…それによって、かなりの人間が命を落とすかもしれない」

『…お主の覚悟は、あるのだろう?』

「黄龍が一番分かってるくせに」


黄龍はふん、と鼻息を鳴らした。


『まったく、あれほど迷っていたくせにこれだ。どんな心境の変化だ?』

「…平然と奥村を捕らえた正十字騎士團。俺たちを駒として使うメフィスト。ワケわからんイルミナティ。廉造を庇護できない明陀宗。大人たちは誰も、頼れない。大事なものを守るのに、他人の大事なもの傷つける覚悟もないなんてお話にならない」


アーサーたち正十字騎士團本部の態度は、悪魔を全否定し、燐の人格を無視した。
メフィストはわざと困難を起こし、物質界を盤面としたゲームをプレーヤーとして動かしている。そこに倫理はない。
明陀宗は血統主義に固執し、やはり廉造のことを守ってくれるところではない。今日、それらのことを思い知ったのだ。

そんな中で朝祇が廉造を守るには、最大限、今からできることをしなければならない。たとえ、誰かを傷付けることになったとしてもだ。


「無理して付き合う必要はないからね」

『お主こそ無理は禁物だぞ』

「心配してくれんの?…てか、さっきアマイモンから庇ってくれてありがとう。あれなかったら死んでたわ」


アマイモンに蹴られる直前に黄龍が地面から壁を切り出してくれたおかげで、大した怪我もなくこうして歩いていられる。もちろん、あちこち痛むが。


「それに、あのとき名前呼んでくれたっしょ?」

『………』


珍しく押し黙った黄龍。これは確実に照れている。朝祇の心が筒抜けなのと同様、黄龍の心も朝祇に伝わるのだ。


「…名前、呼んでくれたら嬉しい」

『…仕方のないやつだ。1000年の時の中でも群を抜いて不思議なやつよ…朝祇』


また少し、黄龍と近付けたと思う。いつか京都から解放できるよう、朝祇の中で廉造と並んで大事な存在だと思えた。


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