いざ米国−3
「…うわー…まじでアメリカだ…」
そんな当たり前のリアクションになるのも仕方ないだろう。
アメリカ合衆国、アリゾナ州の州都フェニックス。
中西部の砂漠地帯にある人口140万人の都市である。当然、英語が飛び交う。たまにスペイン語らしきものも聞こえた。
ここまで来るのに、正十字学園から3分かかった。
3分である。
***
「いや…鍵ひとつって…俺の覚悟はいったい…」
メフィストに指定された場所には、お抱えらしい狐だか猫だか分からない人型の悪魔がいた。恭しく礼をされて渡されたのは、フェニックスに通じる鍵。
そして扉を開けば、すぐそこは灼熱の大地が広がっていた。フライトも何もなかった。そりゃパスポートがいらないわけだ、とため息をつきたくなる。
朝8時の東京から、前日の15時のフェニックスまで一瞬で移動した朝祇は、まずその暑さに驚愕した。
正十字騎士團のフロント施設に通じていた鍵を使ってとりあえず建物を出たのだが、電工掲示板の温度は103.9゚F、つまり日本で言うところの40度近くを意味している。砂漠地帯のため乾燥していることが過ごしやすさを感じさせる要因ではあるが、そうはいっても日差しは厳しい。
メモにはフェニックス出張所に向かう前にまずは待ち合わせとなっている市役所に行くよう記されていた。
「…ちょっと待った、カードないし円しかないし…どうしろと…?」
ふと気付いたが、朝祇はドルを持っていないし、クレジットカードも持っていない。一文無し同様である。
バスに乗れないため、ここから市役所へ歩かなければならない。幸い、15分ほどだが、この暑さでそれは心が挫けそうだった。
そうして何とか市役所の近くまでやって来た朝祇だったが、突然、屈強そうな黒人やメキシコ系らしい男たちが朝祇を囲んだ。
ニヤニヤとしている男たちに、まさか円しかないですなんて言えないし、英語も分からない。
「What a boy!you shouldn't walk along this street alone, huh?」
分からないが、不思議と人間、怪しげなことは言語が違えど分かるもので。
男たちに警戒すると、その背後にとんでもない看板を発見した。
『♂Welcome to ur comin'』
あ、ここ、そういうところだ、と暑さにも関わらず冷や汗を垂らす。追い討ちをかけるように尻を撫でられ、肩を掴まれる。下卑た笑みと強すぎる力にいよいよ恐怖が湧いた。
いざとなれば悪魔を召喚すればいいのかもしれないが、ここは銃社会、何が起こるか分からない。
どうすればいいんだ、と竦んだときだった。
「What's the fxxk, dude!」
突然、背後からそんな声が掛かると同時に、男たちの一人が突き飛ばされた。尻を撫でていたやつだ。
「I'm a member of the Knight of Right Crusade. I do recommend that you go, away, now」
ボサボサな髪で目元を覆った上に帽子を被り、インディアンのようなポンチョを羽織った男が朝祇の肩を抱いてへらりと笑う。だが、その空気はひどく冷たい。
男たちはたじろぐが、まだ動かない。
「Go away....or, pass away」
ギロリ、と前髪の間から男たちを睨む。男たちはびくりと体を揺らすと、急いで離れていった。
「…さて、さっそく絡まれるなんてすごい偶然じゃないか少年!日本支部の候補生、で合ってるよね?」
「あっ、はい、日本支部の一ノ瀬朝祇と言います!」
慌てて向き直ると、先ほどと打って変わって柔らかな雰囲気で男は笑う。流暢な日本語で安心したが、少し臭い。
「ぼかぁルーイン・ライト。ライトニングと呼ばれることが多いかなぁ。アメリカ支部所属の四大騎士。よろしくね〜」
「よろしくお願い…ってご本人!?ですか!?」
「ははは、いいリアクションだねぇ」
ルーイン・ライト。またはライトニング。
正十字騎士團アメリカ支部所属の祓魔師で、悪魔の使役と詠唱に関して天才とされている。聖騎士候補でもあったが、今は聖騎士となったアーサーの右腕として祓魔師の中ではNo.2であると言える。
ボサボサの髪は風呂に入っていなさそうな感じが丸分かりで、正直なところ不潔だ。
だが、まさか本人が迎えに来てくれるとは思わなかった。
「あ、あの、助けて頂いてありがとうございました」
「いいよいいよ、いくらアメリカといえどあんなこと当たり前じゃないことだけ覚えててくれれば。じゃあ行こうか〜」
飄々としたライトニングは笑って歩き出し、慌ててそのあとを追う。なんともあっさりとしている。
そんな初邂逅だった。