京都不浄王編/前編−2
『14番線の電車は、8時53分発、東海道新幹線のぞみ、博多行きです。自由席は、1号車から3号車です』
東京駅の新幹線ホームは、在来線のラッシュの喧騒にも負けないざわめきが満ちていた。
真夏の暑さがすでに朝から感じられる中、朝祇はフラフラとエスカレーターから指定された車両に向かって歩いていた。勝呂と子猫丸が前を歩き、廉造は隣で時おり朝祇を支えながら歩いている。荷物まで持ってくれていて、こんなところで彼氏力を発揮された。
結局時差ぼけや黄龍からもたらされた事実によって一睡もできず、ようやく微睡み始めたところで起床時刻となった。ほとんど完徹で迎えた今日を恨めしく思う。
何とか長い長い新幹線の3号車へと辿り着き、車内へと入る。途端に涼しい風が吹き付け、いくらか気分がマシになった。それに、この新幹線独特の清潔な匂いも好きだった。
本来、のぞみ号は1〜3号車が自由席で、他は指定席だ。東京駅を出ると品川、新横浜と停まり、その次はもう名古屋で静岡県を完全にスルーしてしまう。名古屋からは京都、新大阪、岡山、広島、博多と停まる。東海道新幹線の中では最も速いのがこののぞみであり、そのために自由席が少ない。
のぞみよりは浜松などの途中駅が多いひかり号は1〜5号車が、さらに多いこだま号は1〜10、ないし11号車までが自由席となる。
今回は3、4号車が正十字騎士團によって貸し切りとなっており、一般市民が使える自由席は2車内のみとなっている。
朝祇たちは3号車で、まずは予防接種を受けた。不浄王対策としてである。医工騎士にたっぷりと注射をされ、心なしかさらに具合が悪くなったような気がした。
廉造たちは皆半袖の制服を着ているため、注射の痕に貼った絆創膏が見えているが、朝祇は長袖を捲っているため見えない。
ちなみに、4号車へ向かい先頭を歩く子猫丸はきっちり一番上まで釦をしてネクタイもし、勝呂はその後ろで一番上だけ開けてネクタイを弛め、朝祇はネクタイをせずに第2ボタンまで開け、廉造はシャツの前を全開にしてTシャツを見せている。徐々に崩し度合いが上がっている。
「あ、一ノ瀬、ちょっと」
すると、連結部分でシュラに呼び止められた。廉造たちを先に向かわせ朝祇はシュラのところに寄る。
「なんですか?」
「隈ひっどいにゃあ。ライトニングはどうだった?」
「すごくお世話になりました。ムカつくこともあったけど…」
「にゃははは!そりゃそうだろうな!あいつとエンジェルが話してるとこ見るとこっちまでムカつくからな」
「はは…まぁ、でも、やっぱりたくさん学べたので、行って良かったです」
「そっか、ならいい。いっといで」
シュラも何だかんだ面倒見がいい。しっかり見てくれている。一度礼をしてから、朝祇も3号車に入った。
しかし、勝呂たちがまだ通路にいる。席がないのかと後ろから覗き込むと、車内のこちらから見て左側の3列シートに座る燐と対峙していた。やがて、勝呂が燐を無視してその後ろの席に座った。続く子猫丸も、燐に呼ばれながらも顔を逸らして勝呂の隣に座った。
「うわ、子猫さんそんなあからさまな…」
廉造はそう言いながらも、燐の方は見ずに子猫丸の横に座った。
まだ3人とも、あの林間合宿での燐の姿や、サタンの息子であったという事実を消化しきれていないようだ。当然だ、彼らは青い夜で家族を失っている。
「な、なんで普通にいてはるん!?またあ、暴れはったらどないするつもりなんや…!」
「上の偉い人が決めはったことやからなぁ」
子猫丸はヒソヒソと廉造をたしなめるが、廉造は気にした素振りもなくどかりと腰掛ける。
「触らぬ神にしとったらええんですよ」
「志摩さんよくそないに平気でおられるなぁ…」
そんな2人を責めるつもりはない。こればかりは、簡単に片付く問題ではないからだ。
だが、朝祇はそもそも気にしていない。朝祇まで態度を変える必要はなかった。
「…おはよ、奥村」
「えっ、あ、あぁ、おはよう!」
「悪い、窓側座ってもいい?寝不足でさ…」
「いいけど…いいのか?」
朝祇が燐に声をかけた瞬間、子猫丸がびくりと驚き、勝呂がピクッと反応し、廉造が片眉を上げて注目した。 そのあと、3人はそれぞれ朝祇がもともと知っていたことを思い出したのか、一応は納得したように平常に戻った。
燐は驚きながらも席を譲ってくれた。クロごと荷物を膝に乗せて真ん中に座る。
「俺にとっては些細なことだしね」
「…そっか」
そこへ、4号車から出雲がやって来た。出雲はちらりと車内を見渡す。
「あー…出雲ちゃんこっち座らはったら?」
廉造は気を遣ったのか、通路を挟んで隣の席を指差す。しかし出雲は「フン」と無視して、なんと燐の隣に座った。驚く燐に、出雲は済ましたまま。
やっぱいい子だよなぁ、なんて朝祇は一人ごちた。