眩い強さ−1
燐×主
アーチェリー部員、祓魔師になる
ファントムトレイン回
距離にして18メートル。40センチの的に、吸い込まれるようにして放った矢が当たった。
正十字学園のアーチェリー部に所属する二宮千秋は、高校生のアーチェリー大会で常に好成績を残す、学園のエースである。コーチからも大きな期待を寄せられているため、練習でも長い時間、限られた的を占有することを許されていた。
インドアアーチェリーの本番であれば300点を越していたところで今日の練習を辞めようと思っていたため、今の矢で練習を終えることにする。的から視線を外し、弓を下ろす。
寮に戻ろう、と息をついて振り返ると、鋭い視線がいくつか突き刺さるのを感じた。いつものことだ。
もう、慣れてしまった。
***
あくびを噛み殺し、国語の教員がつらつらと喋るお経に必死に耳を傾ける。
千秋は部活一筋であまり勉強は得意でないため、目をつけられるわけにはいかないのだ。
1年D組の教室は全体が眠気に包まれていて、どこか気だるげだ。6月のあまり気圧が高くない天気もあって、ヤル気は見事に沸いてこなかった。
膝を動かすと、机の脇に置いたボストンバッグ型の袋ががさりと音を立てる。これは千秋の自持ちの弓、マイボウだ。
千秋が使っているのはベアボウという種類で最もシンプルなものだ。弓道の西洋版といえるアーチェリーにおいて、弓道の和弓に近い。とはいっても、ボウの長さは2メートルを越す和弓とは違い、1メートルと少しといったところだ。
日本ではリカーブボウ、世界的にはコンパウンドボウが一般的で、概ねこの三種類を選手たちは使い分けている。
ベアボウはリカーブボウと基礎的な構造は同じで、ベアボウに照準器のサイトや、振動を抑えるスタビライザーなど様々な器具が付け足されるとリカーブボウになる。コンパウンドボウは滑車がついている。
千秋はシンプルだからこそベアボウは奥が深いと思っており、弦(ストリング)の位置を変えるストリングウォークという技法ができることも他とは違うポイントである。
そういったこだわりを持つため、このマイボウも20万円ほどした。かなり高級である。オリンピックで使われるものは30万円ほどが相場だ。
しかしいくら持ち運びができるといえど、そんなものをわざわざ教室に置いているのには訳があった。
端的に言えば、千秋は部内でいじめられている。
個人競技であるアーチェリー、その大会に出る学園の枠は、いつもエースと目される千秋が入っていた。千秋はまだ1年ということもあり、中学から好成績だったとはいえ、先輩を差し置いて大会に出ることへ不満があったのだろう。さらに、コーチがあからさまな贔屓をしてしまっていることもあった。
先輩や同期など、広く部員たちからいじめられ、ときにマイボウを傷つけられそうになったこともあった。それを防ぐため、部室に置かずいつも持ち歩いているのである。
実は今日も、先輩から練習メニュー表やら評価用紙やら大量の書類作成を押し付けられ、夜通し作業をした翌日にあたる。昨晩はほとんど寝られなかった。その寝不足が、なおさら眠たい授業を耐え難くしていたのである。
睡魔と頑張って戦っていると、前方の席で大きく船をこぐ頭が見えた。
奥村燐、この金持ち学校には珍しい不良である。いつも授業で寝ており、部活に入らず誰ともつるまず、いつも1人でいる。目つきが鋭いこともあって近付けないタイプだ。
燐もいつも竹刀かなにか、刀剣状のものを赤い袋に入れて肩にかけている。部活には入っていないのに何なのだろうとは思うのだが、そんなことを聞けるようならいじめなど受けていない。
自分でも分かっているのだ。いかに自分が臆病であるかということくらい。アーチェリーが個人競技であることにかまけて、人に歩み寄る勇気を持とうとしなかったことの、当然の帰結なのだ。