誕生日−1
祓魔塾が始まる前の空き時間。
前日に雪男から出された課題を遅くまでやっていた千秋は、あまりの眠さに机に突っ伏して寝ていた。通路を挟んで隣で話す京都組の声すら響かないほど意識が遠い。
そこへ、前の席にどかりと荒々しく座る気配。すぐに燐だと分かった。
「おーい千秋、寝てんの〜?」
「……寝てた」
むくり、と起き上がると、開ききらない瞼の向こうに面白そうにこちらを見る燐の姿があった。いつもと違う席に座ってどうしたのだろうか。
「千秋さ、次の日曜誕生日だろ?」
「えっ、そーなん?」
燐に言われて、あぁ、と思い出す。そういえばそうだった。京都組の驚く声に燐が答えるのを聞きながら、なんとなく燐が訊ねようとしていることを察する。
「なんか、して欲しいことねぇ?俺金ねぇからさ、プレゼントとかやれねぇし。料理はいつも通りだからノーカンな」
だろうと思った。千秋はまったく覚醒する気配のない頭でぼんやりと考えた。
燐と千秋は、いわゆる恋人というやつで。周りもそれを知っている。燐は恋人として、千秋のために何かしようとしてくれているらしい。
「言うても奥村君、料理以外なんかできはったっけ?」
「うるせーぞ志摩!って言いたいとこだけど、それは俺もよくわかってるから聞いてんだろ」
「アホか」
勝呂の罵倒ももっともだ。燐らしいといえば燐らしいが。そして志摩の言う通り、千秋にも燐ができることが思い浮かばなかった。
料理や戦闘を除くと、悪魔として力が強いとかそういうことくらいか。他に燐ができる特徴的なこと。
そこで、ふと千秋は思い至った。双子とはいえ兄貴の燐は、やはり兄っぽさを強く持っている。力強い包容力であるとか、細やかな気配りだとか、底無しの優しさだとか。燐に甘やかされるのは魅力的だとずっと思ってきたが、自分が学園でも祓魔塾でもクールだと称されることが多い無気力キャラであることは分かっているし、実際そうだと思う。だが、誕生日くらいは、いいのかもしれない。
「じゃあ、さ、燐」
「んー?」
「……日曜日、1日だけでいいからさ、一日中、俺のこと甘やかしてくんね?」
眠くて目がとろん、としている自覚はある。机にまた突っ伏して、それでも燐と目を合わせてそう言えば、燐は一瞬固まった。
そして、「あー、ほんと、こいつ…」と呟きながら、千秋の頭に手を置いた。
「別に、いつでも甘やかしてやるっつの」
「キャラじゃねえし…」
ガシガシと頭を撫でられるのが存外心地よい、とさらに目を閉じていく。やがて、本気でぐっすりと眠ってしまった。
一方、残された燐は生暖かい目を向ける京都組に居心地の悪さしか感じなかったそうだ。
***
日曜日、千秋は旧男子寮にやって来た。今更ながら、とんでもないことを口走ったと羞恥で死にそうだ。せめて二人きりのときに言えば良かった。志摩の温い目線がうざいことこの上なかった。
気を使ったのか何なのか、雪男は昨日今日と任務で学園を空けている。
もうこうなったら全力でやりたいようにしてやる、と千秋は変な決意を固めた。
時刻は昼時、指定された食堂へ向かえば、もうそこにはご馳走が広がっていた。
ボンゴレのパスタ、マルゲリータピザ、桃のスープ、クロワッサンなど一般的な洋食だが、作ったのが燐であるため、それはレストラン級の美味しさである。
「お、来たな!ちょうど出来たとこだから食おうぜ!」
「あ、あぁ…」
もうテーブルにしか目が向かない。食卓に釘告げになりながら、生返事を返した。