夏ノ日ヲ想フ−1
●大正パロ
同一世界線上の時間軸だけ変えたパロディで、正十字騎士團が開国とともに日本にやって来た頃の話を捏造しています。
BLは薄味。雰囲気文です。
後半シリアスで、切なめのエンドです。
また、災害描写があるのでご注意ください。
裏切られた、と思った。
柔造にとっては、勝手な一方通行な思い込みだったのかもしれないが、なぜ言ってくれなかったんだ、と思わずにはいられなかった。空に聳える赤レンガの尖塔の下にいるのであろう存在が急に憎らしくさえ思えて、柔造はそんな気持ちをまとめてため息とともに吐き出したのだった。
***
それを言われたのは突然だった。
西暦1921年の正月。深々と降る雪に凍えながら、柔造は父・八百造に呼び出され書斎に赴き、そこで突然聞くには大きすぎる話をされた。
「柔造、帝都に行け」
「…は?」
「正確には、東京の正十字中學校に入学して、正十字騎士團の祓魔師の塾に入るんや」
柔造は志摩家の次男坊として生まれ、数年前に尋常小学校を卒業して以来、家業の寺・明陀宗で働いていた。
この世に存在する"人ならざるもの"を祓い、平安をもたらすことを第一の使命とする珍しい仏教宗派が明陀宗だ。つい最近までこの国の都であった京の洛北に寺を構え、都人の憂いを祓ってきた。
幕府が倒れ、王政復古の大号令とともにこの国が帝政に移行し、東京が帝都となってからもそれは変わらず、人の世がどれだけ混乱しようと妖かしの類いは出現し続けた。
柔造も明陀宗の男として妖かしを祓ってきたが、この日、突如として八百造は正十字騎士團の祓魔塾に入るように言ってきたのである。それが意味するところは、柔造には理解しかねた。
正十字騎士團は、帝国が成立してから容認された基督教西方正教会に端を発する世界的な祓魔組織である。今は教会とはかなり独立して動く組織となっており、基督教西方正教会だけでなく、清教徒や東方正教会、回教、拝火教など様々な宗教を包括する。そのため、祓魔様式も多様なのだそうだ。
そうはいっても、この国においてそれらは一括して邪宗であり、おいそれと受け入れられるものではない。いくら布教が自由化されたとはいえ、民衆の支持を広く得たものではなかったのだ。
そんな正十字騎士團の塾に通うなど、敵陣の牙城に身を投じることと同義だ。
「な、なに言うてはるんや…」
「ええか、柔造。これは密偵や。正十字騎士團がこの国にやって来て半世紀近く。やつらがいつ、明陀宗を取り込もうとするか分からん。現に、清帝国から中華民国ができるまでの間、大陸の宗派はことごとく正十字騎士團に飲み込まれてもうた。大越もシャムもビルマもそうや。まだ取り込みが進んどらんのは、早くから近代化できた日本だけや」
植民地化に晒された他の国では、すでに正十字騎士團による地元祓魔勢力の取り込みがほぼ終わったのだという。中国の仏教や道教、儒教、チベットの仏教、南海の上座部仏教もそうだ。それらの国々に先駆けて列強に仲間入りし、先日の大戦で戦勝国となった日本は、いまだその手が及んでいない。
東京に正十字騎士團はあるにはあるのだが、帝政が始まってからというもの、神道が著しく強くなっていることもあり、遅々として進んでいない。
日本の土着祓魔団体としては明陀宗が最大であるため、当然あちらは明陀宗を狙っているだろう。
「あやつらの動向を探るには、京は帝都から離れ過ぎとる。長男の矛造をやるわけにもいかん、尋常小学校を出て受験資格がある僧正血統の男子はもうお前しかおらんねや」
「…、おん、分かった。俺が行ったる」
「恩に着る。準備はしとくさかい、勉学に励んどくれ」
中学校に進学できるのは、尋常小学校を卒業した者のみ。長男の矛造を京から出すわけにはいかず、三男以下の子供たちは皆幼い。他の僧正血統に、尋常小学校を出た者もいない。すると残るは柔造だけだったということだ。
そうして、柔造は明陀宗の密偵として正十字騎士團の祓魔塾に入ることとなった。
このとき、中学校は普通12〜16歳の5年間で通う教育機関だったが、年齢がバラバラであるのはよくあることだったし、むしろ浪人し社会に出て年齢が高くなってから入学した者の方が尊敬された。
そして1922年、柔造は晴れて正十字中學校への入学を果たしたのだった。