2進数のアイ−10


きちんと、千秋は選んだようだ。柔造は大停電発生を知らせるアラートを聞いて胸を撫で下ろす。
どう考えても千秋がやったことだと分かっている研究員たちは、これ以上の千秋による攻撃を防ぐためにも、また、すぐに停電に対処するためにも、別室へと走り出した。上司や室長もそちらに行った。
施設自体は独立した発電設備を持っているので停電していないが、上の市街地は大混乱だろう。

上司はもう今にも死にそうなほど青ざめていたが、室長はニヤリとして別室に行ってしまった。

気にならないでもなかったが、今は脱出が先だ。柔造はガラスに駆け寄り、画面を起動する。


「千秋!早速初めての共同作業やで!!」

『バカじゃないの!』


スピーカー越しに聞こえる声に笑いそうになる。だが、時は一刻を争う。このガラスの壁を開いて、千秋を出さなければならないのだが、このセキュリティーは世界最高峰のものだ。
SAIASの演算と柔造の技術を使って、これを無理矢理解錠していかなければならない。
千秋も心得ていて、ガラス越しに2人で画面を猛烈に叩き始めた。タップすると言った方がいいだろう。早くしなければ、いくら時間稼ぎをしてくれているからと言っても警備員に追い付かれてしまう。


「まだかいな…!」

「まだだってば…!」


次々とガラスに画面が現れては、演算して出したパスコードを入力して突破していく。突破されたウィンドウでガラスはどんどん埋まっていった。
さすがに千秋は柔造の数千倍は早く終わっていた。そうして、ようやく2人でそれぞれ最後のセキュリティーを突破した。

すると、2人の前のガラスの一部が無音で開いた。何も、2人を遮るものはない。
それを認識した瞬間、2人は抱き締めあっていた。腕の中に飛び込んできた千秋を、もう離さないと自身に閉じ込める。


「千秋!!」

「柔造さん…っ!!」


プログラムの機械音が止んで、辺りには警報だけが響く。研究員たちの喧噪は別室で聞こえてこない。


「愛しとる、千秋」

「俺も、俺も、愛してるよ…不合理なものかもしれないけど、でも、それで良かったんだ…それが愛だって、柔造さんが教えてくれたんだ」

「俺かて君に教わったんや。ホンマに人を愛するっちゅうんがどないなモンかってな」

「俺、人じゃなくてもいいの?」

「千秋は千秋や、好きなモンは好きなんやさかい、んなことどうでもええわ」


至近距離で目が合う。涙目で潤む千秋を見たら、堪らない気持ちになった。
小さく、千秋と唇を重ねる。千秋は少し驚きつつも、ぎゅっと柔造の服を握って受け入れてくれた。愛しい、この腕の中の存在が、愛しくて堪らない。


「それが君の答えなんだね」


そこへ突然、後ろから声をかけられた。慌てて振り返ると、そこには室長が立っている。


「し、室長…!」

「なに、君の素直な答えが聞けて、私は満足さ。さぁ、行きなさい若人たちよ」


室長は近くの扉を示した。そこには、室長権限でしか起動できない特殊なエレベーター。いざというときの脱出ルートだ。


「えっ…咎めはらないんです?」

「愛やら恋やらというものが、本当にバグだと決めつけるのは時期尚早というものだ。いったんどこかに隠れて、パフォーマンスの向上に努めてみなさい」


室長はニヤリとまた笑った。それは、悪どいようで、優しさも滲んでいた。


「言っただろう?君には期待していると。さぁ、行くんだ」


柔造は頷いて、千秋とともに施設を脱出した。やはり、よく分からない人だ。



***




それから、2人は小田原に逃れてひっそりと過ごした。停電は二時間ほどで復旧したが、相当大変だっただろう。落ち着いて2人だけになってみれば何とも大胆なことをしたものだと苦笑した。

その後、2人は慎ましく暮らしながら千秋を介したSAIASの向上に勤めた。互いに社会を混乱させた負い目があったのだ。
一時は千秋自身が愛に戸惑い、システムが不調だったが、柔造と安定した生活を送るようになり、そして何より心を通わせられたため、システムはむしろパフォーマンスを改善させていった。それは、完全に柔造に褒めてもらえることで頑張れた千秋によるものだ。
それをこっそり連絡を取り合っていた室長に告げれば、2人はあの事件のことを不問に処される代わりに立川に戻り、ある程度監視を受けながらも2人で暮らしていくことを許された。
もともと、システム不調や停電の原因は社会に公言できない実験の過程によるものだ、考えてみればそれを逆手に取れば柔造たちがはるかに有利だった。

とにもかくにも、2人は今や高層マンションで、新婚もかくやというほどのラブラブな生活を営んでいる。監査の研究員はひっきりなしに交代しているらしい。
そして、AIによる社会インフラ機能はこれまでよりもさらに性能が向上し、もう2人を分かつものはなくなった。



社会管理型超人工知能SAIAS。
それは、世界で初めて自我を得て、愛を知ったAIでもあった。


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