君はヒーロー−1


●社会人パロ
レスキュー勝呂×ホテルスタッフ主




「チーフ!」


慌ただしい厨房からメインホールへ向かうスタッフ通路を歩いていると、背後から焦ったように声をかけられる。
振り返ると、声音同様焦った様子のウェイトレスが駆けてきていた。白シャツに茶色のベストとストレッチタイトスカートをきっちりと着ているが、走ったためか赤いリボンがずれている。


「どうした?」

「お客様からガリシア産の白ワインを持ってこいと言われたのですが、厨房のワインセラーになくて…」

「下の階のワイン専用バックヤードに、スペイン産の区画がある。そこを見ておいで」

「は、はい!」


指示してやれば、すぐにウェイトレスは踵を返す。走り出す前に、もう一度声をかける。


「あ、そうだ、リボンがずれてるよ」

「えっ、あ、ほんとだ、すみません!」


慌てて直し、ウェイトレスはパタパタと駆けていった。確か新人の荒木という女性だったはず。ワインセラーの場所を新人向けに確認する必要があるな、と思いながら、ホールへと足を戻した。



***



二宮千秋、26歳。専門学校を出てから、このホテルグランデ中野坂上で勤務を始めた。立地の良さもあり、上の下くらいのグレードである。このホテルは高層ホテルとして、中野坂上駅周辺の高層ビル群と並んで街のシンボル的存在となっている。

27階建てのホテルの22階は大きなホールとなっていて、立食パーティーなどがよく催される。平常時は21階のリストランテが一般に開かれ、都内でも有数のホテルグルメとして評されており、そのリストランテが食事を提供するパーティー会場は人気を博していた。
23階の従業員フロアを挟み、24階から27階はスペシャルスイートとなっており、新宿の超高層ビル街を一望する夜景を備えたラグジュアリーな部屋である。もちろん、パーティーのときに予約されることばかりだ。

そんな輝かしいホテルで、千秋は専門学校上がりながら新卒で働けることに喜びを感じた。しかし、入ってみて分かったことは、このホテルがかなり人使いの荒いものであるということだった。いわゆる社畜を余儀なくされた千秋だったが、ここで諦めるわけにはいかないとチーフにまで上り詰めた。
同期は全員辞めてしまい、せめて部下である従業員たちを楽させたいと工夫を重ねているが、それでも辞める者は後を断たなかった。

「徹底的に無駄を省く」と言って給料も低くされており、"無駄"の範囲が広すぎだと感じることも少なくない。

そんな職場でも働き続けていられるのは、ひとえに"親友兼恋人"との約束があるからに他ならなかった。


千秋には、中学生からの親友がいる。かなり長い付き合いだ。
勝呂竜士、都内の中高一貫校で同級生だった男だ。そして、現在の恋人、でもある。もちろん、男どうしであることを中心とした様々な葛藤もすれ違いもあったが、そうしたことを乗り越えて、高校3年の終わりに付き合い始めた。

2人は最初、同じクラスで、そして同じ部活に所属した。空手部だったのだが、経験者だった千秋に対して竜士は初心者だった。仲良くなったついでに誘って入部させたはいいが、それが竜士を苦しめることになる。

京都出身でその訛りが抜けない竜士を、クラスメイトたちがからかい、やがていじめに発展。それは部活内でも起こり、先輩からの指導名義の憂さ晴らしとして暴力を振るわれるようになったのである。竜士は目付きが悪く、不良っぽかったことも理由にあった。

千秋はそれが許せず、竜士をいじめる奴らを徹底的にボコした。空手は得意だったため、クラスメイトも先輩も倒しまくったものだ。やがて竜士は部活を辞め、ナメられないようにとソフトモヒカンを金髪にしピアスをつけた。
すると今度は不良に目をつけられたため、千秋は不良相手にも拳と蹴りを振るった。

いつしか千秋は校内と地域における最強と位置づけられ、勝手に祀られるようになっていた。

2人を取り巻く関係は、そのような決して穏やかではないものだったが、2人は絆を深めていき、互いに親友だと思えるようになった。それがいつしか恋に変わり、すったもんだの末に恋人となったのである。

竜士は、「いつかお前を守れるようになる」と言ってなぜか消防士の道に進み、今では消防救助機動部隊、いわゆるハイパーレスキューに所属している。普通は30代で入隊するところを、元よりの勤勉な性格と屈強な体格でそこまで上り詰めたのだ。


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