君はヒーロー−2
ある日、仕事から足立区の自宅に帰ってくると、まさにその恋人の姿があった。夏だからか、タンクトップ1枚にジャージのラフな格好だ。どこにでもある単身者向けのアパートの部屋、ベッドに寄り掛かってテレビを見ていた。
「おかえり、千秋」
「ただいま、来てたんだ」
「おん、早上がりやったさかい帰りしなに寄った」
「帰り道じゃないだろー」
笑いながら言えば、竜士はばつが悪そうにする。それくらい素直に言ってくれればいいものを。
「俺は竜士に久々に会えて嬉しいけどね」
そこで、こちらから素直に言ってやった。隣に座って寄り掛かれば、消防士らしい逞しい腕に抱き込まれる。
かつてのモヒカンは消防士になるにあたって切っており、後頭部を刈り上げた黒の短髪になっている。こうして非番になってオフのときだけ、ピアスをしているが、もちろん普段はしていない。
少し小柄な千秋より10センチは背が高いため、体格の良さも相まって相当な威圧感がある。そんな竜士だが、こうして寄り掛かる千秋を抱き締めて肩に顔を埋めてくる殊勝な一面もあるのだ。
「あー…久々の千秋やぁ…」
「…なんか、ハイパーレスキューになってからまたムキムキになった?」
「…そうかもしれへんな」
消防救助機動部隊、ハイパーレスキュー。東京消防庁のみに設置された、消防士の最高峰である。東京以外の同レベルの部隊は特別高度救助隊と呼ばれ、こちらもハイパーレスキューだが、東京消防庁のものはその指導的地位である。
首都直下型地震のような震災対応の他、大規模な事故や水害、バイオテロなど東京を襲ったことがある事態すべてに対応できる。1ランク下のレスキュー隊になるだけでも地獄のような訓練を積むというのに、その中からさらに精鋭が選ばれる。
しかも、この4月に竜士が配属されたのは航空消防救助機動部隊、通称エアハイパーレスキューだ。ヘリコプターを使った空からの救助や災害対応にあたることに特化した部隊で、江東区と立川市に拠点を置いている。
そもそもハイパーレスキューはすべての部隊が東京消防庁航空隊と連携し、空からの任務にあたることができる。しかし別枠で、航空任務に特化した部隊を新設することで、常にそうした事態に対応できるようになったのである。
竜士は消防大学校でレスキュー隊になるためのコースを学び、卒業後の実践を経て、エアハイパーレスキューの江東区に常駐する部隊に入った。
「…ほんと、この前の事故のときとか、ヒヤヒヤした」
「あれか。心配させてもうて堪忍な」
「や、それも覚悟の上だし」
そんな竜士は、つい先週に御茶ノ水で発生した高層ビル火災で早速活躍していた。エアハイパーレスキューに配属されてから初めての大規模火災だったらしい。ニュースでも取り上げられていて、今でもトップではないものの報じられている。火災の原因はいまだはっきりしない部分も多いが、現行の消防法の下につくられた消防システムがうまく機能していたようだ。日本の場合、高層ビルの火災は普通より助かりやすいのである。
「…ほんと、気を付けろよ」
「当たり前やろ」
安全だと分かっていても、あのニュースを見たときの気持ちが思い起こされて、思わず抱きつく。竜士はそっと千秋の頭を撫でた。
だんだんとその手は背中へと滑り、前へと回る。シャツをめくる動きに、竜士の顔を窺い見てみれば、欲の籠った目と合った。
「こっちも、久々やろ」
「っ、ん、」
明日は千秋も竜士も休み。きっと腰が立たなくなるな、と思いつつ、それくらい求めている自分もいるのだった。