救いの祈り−1


レバノン共和国、首都ベイルート。
東地中海に面したリゾート都市であり、歴史的にアラブ世界の智の都と称された都市だ。
レバノンは北にシリア、南にイスラエルと挟まれた場所にある国で、中東ではイスラエルと並んでイスラームが最大宗派でない国としても知られる。レバノンの最大宗派はキリスト教マロン派東方典礼教会、通称マロン派である。

17歳の千秋・ジェマイエルもマロン派を信奉し、欠かさず祈りを捧げる。
そんな千秋は、ベイルート中心部の正十字騎士團レバノン支部に併設された祓魔塾に通っている。学校には通っておらず、祓魔塾のみだ。先進国のような信仰に篤くない地域は祓魔師の地位は低いようだが、中東では祓魔師といえば神の力と通じる職として特別視されていた。
そのため、倍率が高く、レバノン支部による選考が行われる。そこで才能を認められた者にしか祓魔塾への入塾は認められないのだ。

千秋はといえば、ぶっちぎりのトップで塾に入った奇才と称されている、らしい。
千秋はその辺り詳しくはない。他人の評価などどうでもいいからだ。千秋には、これしかない。祓魔師になる以外に、生きていく方法からしてなかった。

一心不乱に勉強し、誰ともつるまなかった。遊ぶなどもってのほか。
そんな千秋を、他の塾生も敬遠していた。

ここレバノンは、フランスから独立したときからずっと、すべてが宗派ごとに分かれる。国内にはマロン派の他に、キリスト教ギリシア正教会、アルメニア正教会、イスラームスンニ派、シーア派、アラウィー派、ドゥルーズ派と宗派が混在している。各宗派ごとに居住区も学校も軍隊ですらも分かれていた。
それは、1975年頃から1990年まで続いたレバノン内戦という凄惨な紛争において、各宗派が殺しあったことでさらに深まった。

しかし祓魔塾は国際組織の正十字騎士團が運営するためそういったものはなく、珍しく各宗派が混在するクラス編制になっている。17歳の千秋がいるクラスにも、様々な宗派の生徒がいた。
そういった複雑な事情もあって、千秋は周りと仲良くする気など起きなかったのに、講師からは口酸っぱく「祓魔師は助け合うものだ」ということを言われ続けた。

それならば、一人で何でもできればいい。千秋はメインで選択した中衛の竜騎士だけでなく、前衛の騎士、後衛の医工騎士、それぞれの補助として手騎士も勉強していた。何もかもを勉強に費やしたからか、千秋は 称号を持っていないだけで、そこら辺の祓魔師とは別格のレベルにまでなっていた。

そんな千秋のことを、かつての千秋の経緯も絡めて人々はこう呼んだ。

『銃器狂』、と。



***



2006年7月12日。
朝の9時、ヒズボラがイスラエルへの越境攻撃を開始したという速報が流れた。普段と変わらない祓魔塾の中でも、生徒たちの間でそのニュースが携帯などで飛び交った。

ヒズボラは、事実上のレバノン軍である。かつてのレバノン内戦で、最終的に戦争を終わらせこの国に秩序をもたらしたのがヒズボラだった。ヒズボラは主にシーア派の人々で構成された巨大な民兵団で、バックには同じシーア派政権のシリアとイランがついている。
内戦によって疲弊した政府と正規軍はまったく力がなく、人々は自然と強力なバックを持つヒズボラを頼ってしまうのだ。国連レバノン暫定軍が駐留して正規軍への訓練を行っているが効果は薄い。それだけ、内戦が国民を分断してしまったのである。

事実上のレバノン軍といえど、ヒズボラはレバノン政府には従わない。このイスラエルへの攻撃もヒズボラ、ないしシリアの独断だった。
そもそもシリアは中東戦争でイスラエルと戦い続け、今もゴラン高原をイスラエルに占領されている。アラブの敵であるイスラエルを殲滅するため、ヒズボラはイスラエルへの攻撃をやめることはない。内戦でイスラエルはレバノン南部を占領し、多くのパレスチナ難民を殺したことも理由の一端である。

そのため、シリアの息がかかるヒズボラが勝手にイスラエルへと侵攻した。
イスラエルはこれを機にヒズボラの掃討を考案し、ついにその日の内にレバノンへと軍事侵攻を開始。南部に対する空爆を行った。


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