救いの祈り−2


その翌日には、最後の授業で祓魔塾の閉鎖が通達された。
生徒はざわめくが、そう驚いているわけでもなかった。そもそも、ここにいる千秋をはじめとする17歳の生徒たちは、生まれが1989年、まだレバノン内戦終結前である。終結後もイスラエルが2000年まで南部を占領していたため、散発的に軍事行動やテロ、銃撃戦などがあった。とんでもないことだとは思っていなかったのだ。

帰り道のベイルート市内も、そう混乱してはいなかった。南部では甚大な被害が出ていたが、多くの外国人も居住し大使館が並ぶ首都に対して、そうそう攻撃するとは誰も思っていなかった。

しかし数日のうちに、ラフィク・アリリ国際空港や各地の発電所や携帯基地局が空爆されライフラインが寸断、幹線道路も軒並み破壊され、石油貯蔵施設が破壊されて海上へ重油が流出した。
さらにはベイルート沖にイスラエル軍艦が控えてベイルート港を海上封鎖し、レバノンの国家機能は全滅した。

たった1週間もしないうちに、国家が崩壊してしまったのである。


映らなくなったテレビを諦めて、千秋はアパートの自室のベランダから外の市街地を眺める。北側にはベイルート中心部のビル郡が見えていた。

ふと、空の反対側から高速のエンジン音が響いてきた。それは、数年前まで嫌というほどに聞いたもので、体が本能で動いた。ベッドのかけ布団を羽織り、トイレに駆け込む。

その直後、耳をつんざくような爆音とともに建物が激しく揺れた。遅れて悲鳴と絶叫が街にこだまする。
さらに何度も空を切り裂くエンジン音が響くと、その度に地面が揺れてコンクリートが崩壊する轟音やガラスの割れる音が重なった。

幸い、千秋のいるアパート自体は崩れぬうちに攻撃は止んだ。急いで千秋はトイレを出ると、一瞬部屋の惨状にたたらを踏む。

ベランダのガラスが割れ、照明が落下し、1面埃に覆われている。外から粉塵が室内にまで入ってきており、悲鳴や叫び声が届く。

固いジャケットを羽織り、ブーツに履き替えて財布にお金をすべて詰め込むと、鍵は持たずに部屋を出た。
階段を降りてアパートを出ると、アパートが立ち並ぶ集合住宅街は粉塵に包まれていた。警察や消防のサイレンも響き始める。
そして、アパートから出てきた人々が怒号を上げて動き回っていた。

いくつものアパートが崩壊し、外壁が地面に散らばり、電線が垂れ下がり、看板が外れている。すべての建物のガラスがなくなり、窓から暗い室内が見えていた。道も車も白くなり、同じく埃で白くなった人々が溢れている。
頭や腕などから血を流していたり、涙を流していたりして顔が埃とそういったものでぐちゃぐちゃだ。

瓦礫の山となった、このダーヒヤ地区に、もう千秋の居場所はなかった。






結局、自分の居場所はここらしい。
千秋は懐かしさを感じる光景の中で、大きく息を吸い込む。埃の他に、硝煙と血の臭いも肺を満たした。破壊と死の臭いであるそれは、不快に感じるどころか体を沸き立たせるようだった。

レバノン南部で展開される激しい地上戦、その前線で、傭兵として雇われる千秋は立っていた。せっかく祓魔塾でも学んだのだ、実戦で生かしたい。もちろん、祓魔師の対象は悪魔であるが、相手は敵なのだから何でも良かった。

懐かしい。
両親は内戦終結直前に千秋を生み、7歳の頃に強盗に殺された。その後、千秋は孤児として傭兵訓練を受けてきた。散発的に発生した衝突で現場に立ち、まだ10歳にも満たない頃から人を殺してきた。
あくまで傭兵、敵は依頼によって様々だ。幼いことから相手を油断させられたのだ。

しかしイスラエルが撤退してから2000年代に入ると、レバノンは秩序を取り戻し仕事は激減した。そんな中、千秋は得意の銃火器の技術を生かして祓魔塾に入り、死物狂いで学んだ。

千秋が傭兵として幼くして銃火器を扱ってきたこと、それもあって塾でも様々な銃を簡単に使うこと、そうしたことが"銃器狂"の呼び名を生んだのだろう。


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