救いの祈り2−5





「…俺は、そんな人間じゃ、ない」


そんなことを言ってもらえる価値のある人間ではない、というその気持ちは変わらない。何て言うかな、と身構えると、ルーインは「うん、」と怒るでもなく続ける。


「そうやって言う千秋も、そのうち自信がついたら変わるだろう、なんて思ってた。…あんなに思い詰めてるなんて、気付きもしなくて。僕こそ君を愛する資格なんてないって…むしろ、知らずに色んなこと言って、なんかもう死んで詫びようかな、なんて思ったくらい」

「っ、そんな、」

「そんなことあるよ。泣いてる君を見て、自分で自分に制裁してやりたくなった。…それでも僕は、千秋を愛したい」


ルーインは千秋の腰に手を回し、向かい合うようにして抱き締める。その真摯な目と視線が噛み合い、息を飲む。


「千秋自身は、自分を嫌いなままでいい、許せなくてもいい。その分、僕が愛すから。そのままでいいよ。…だから、また、僕を側に置かせてくれないかな」


その言葉は、千秋の中にじわりと暖かく広がる。
変わらないといけないと思っていた。千秋はルーインに言われた通り、ルーインが好きだと言ってくれる以上、聖天使團の皆が好意的に接してくれる以上、いつまでも過去を引きずって自分を嫌いでいてはいけないと思っていたのだ。だから、図星を突かれてつい怒鳴ってしまった。

しかし、ルーインはすべてを知った上で、その必要はないと言ってくれた。無理に変わる必要はないのだと。


「千秋のペースで、自分と向き合っていけばいい。その横に、居させてくれるだけでいいんだ」


何もかもを、包み込まれたような気がした。自分を許せない自分も、すべて引くるめて好きだと言ってくれたのだ。


「酷いことたくさん言ってごめん。押し倒したりしたのも最低だ。…本当にごめんね。全部僕が悪かった」

「…俺、こそ、銃、ごめん」


負傷させてしまった肩の側をそっと撫でる。ルーインは首を横に振った。


「千秋につけられた傷ならいいさ」

「…俺、ルーインと喧嘩してるとき…嫌われたかもって思ったとき…本当に怖かった」

「うん、ごめん」


千秋は抱き締められるままに、怪我した方と反対側の肩に額をつけるように凭れる。ルーインはそっと、まだ少し遠慮がちに背中に手を回す。


「…だから、気付いた。俺は、ルーインがいないと、もうだめだ。一緒にいて欲しいし、一緒にいたい」

「…えっ、」


顔を上げて、ルーインに目線を合わせる。驚いている様子がなんだかおかしかった。


「…好きだ、ルーイン。俺で良ければ、一緒にいてもいいか?」

「っ!ほ、ほんとに?ほんとかい!?」


がし、と肩を掴まれ、前のめりに聞いてくるルーインにおずおずと頷く。いったいなんだ、と思った瞬間、脇の下に手を入れられて抱き上げられた。そのまま両腕で持ち上げられ、振り回される。


「やった!夢みたいだ!!ほんとに僕でいいのかい!?」

「お、前がいいから、下ろ、」

「あはは!!こんなことが起こるなんて、カミサマっているんだなぁ!!」


ルーインは千秋を抱き上げたままぐるぐると回る。腕だけで男をひとり持ち上げて振り回すとはどうなっているのか。バルコニーが広くて良かったが、回るうちにルーインの肩が心配になる。


「いててて」

「言わんこっちゃない…」


ようやく止まり、ルーインは肩を押さえる。痛そうにしながらも嬉しそうにニコニコとするのは変わらず、若干不気味だ。


「あーもーほら、手当てしてやるからこっち来い」

「えへへ、千秋〜好きだ〜」

「おい、」


室内に戻りベッドに座らせると、手当てすると言ったのに抱き締められて横になる。一応ルーインがマウントをとっているが、それは押し倒すというよりじゃれているといった感じだ。のし掛かられて額にキスされると、至近距離で目が合う。
自然と、動きが止まり、距離はさらに近付いて。


「ライトニング、千秋!残党がカスピ海…に…」


バタン、と扉を荒々しく開けて入ってきたアーサーは、ベッドの2人を見るなり大剣を抜く。


「ライトニング…この期に及んで千秋を…!」

「ちょ、アーサー!誤解だって!」


怒りに染まるアーサーと慌てて立ち上がるルーイン。


「…アーサー、敵は?」


ルーインに詰め寄るアーサーに冷静に尋ねたそのとき、バルコニーの外から甲高い鳴き声が響き渡った。悪魔だ。本来の仕事を思い出した2人は、慌ててバルコニーに駆け寄った。


「少し遠いがここからなら俺の一太刀で…」


抜いたままの剣を構えようとしたアーサーに、千秋は近寄って制止する。怪訝そうにこちらを見たアーサーを横目に、千秋は左手を前に翳した。手首には、母のコンボスキニオン。


「聖なるかな、聖なるかな、いと高き神のもとに身を寄せて」


唱え始めると、まず左手の前に魔法円が1つ浮かび、その周りに6、さらに12と増えていく。


「慈愛の母よ、あなたは腕の中に炎を抱き、焼き尽くす炎にミルクを与え給うた」


魔法円は36、幾何学模様で千秋の前に並ぶ。金色に輝く魔法円が並ぶ様は、息を飲むほどに美しかった。


「祝福は彼にあり。無限の存在、あなたから生まれた存在に」


その瞬間、水面に立つ翼の生えたオオヘビに、魔法円から無数の黄金色の十字架が飛び出して突き刺さった。悪魔の悲鳴が轟く。コンボスキニオンの十字架を手繰り寄せてその悪魔に向けて翳すと、同時に十字架ごと悪魔は爆発四散していった。
魔法円も消え、金色の鱗粉のようにキラキラと降り注ぐ。


「主よ、憐れみ給え、賜り給え」


ぎゅ、とコンボスキニオンを握り締めて祈る。ゆっくり目を開けば、先程と変わらない、穏やかなカスピ海と宝石のようなバクーの街並があった。


「…よくやった、俺は現場を確認してくる」


見届けてから、ルーインは剣を仕舞って踵を返す。配慮、なのかはあの天然には分からない。


「千秋……」


そして、今日は驚かせてばかりだな、と思いながら、ルーインの手を繋ぐ。先程のようにバルコニーに2人だ。

まだ、自分を許せるかは分からない。だが、今口をついた詠唱は、シリア地域の正教会らしい、聖母マリアへの祈りが主だった。祝福は彼にあり。マリアが生んだイエスのことである。
それを詠唱して、これまでのような魔法円の出現ができる確信があった。その意味するところは、ルーインにも分かっているようだ。


「母さん、俺、この人と生きていくよ」


そう呟けば、コンボスキニオンが風に揺れた。


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