救いの祈り2−4
「…千秋は、僕を殺せるんだって思ったらね」
「違う、俺は…!」
乾いた声で言うルーインにそれだけは否定しようと口を開くが、言葉が続かなかった。言うのを躊躇われたことがあったからだ。ルーインはそんな千秋を見て、はぁ、とタメ息を吐く。
「…自分を罪人だなんだって貶して僕の気持ちを否定して、挙げ句殺そうとしたわけでしょ」
このままでは、本気で嫌われてしまう。だが、千秋のことも、言ってしまえば嫌われるかもしれない。
今まで一人になることなんて何とも思わなかったくせに、こうしてルーイン一人がいなくなると考えただけで怖くなった。
ぼろ、と目から涙が零れて、先程まで言い合いをしていたときと気持ちのベクトルが大きく向きを変えた。
「ごめ、ごめんなさい、ルーイン、」
突然泣き出した千秋に、ルーインやアーサー、他の同僚たちがぎょっとしたのが分かる。
「お、俺、傭兵の頃、捕まって、無理矢理されたことあって、」
「な…っ、」
ルーインの驚く声。やっぱりこんな過去のある自分なんて生理的にダメかもしれないと思いながら、喋り続ける。嗚咽はあまりないが、とにかく頬を伝うものが止まらない。
「俺、たくさん殺した…!ほんとに、ほんとに、たくさん、悪いことしてない人だって、仕事なら殺した、」
何度もこの手を染めてきた。金になるなら誰でも殺した。家族を持つ者、恋人がいる者もいたが、そんなものは関係なく殺してきた。それが仕事だったのだ。
「自虐なんかじゃ、ないんだ…!俺は、ほんとに、罪人なんだ…全身、汚れてる、ルーインに、好きって言ってもらえるやつじゃ、ない!っ、母さんに、祈る資格のあるやつなんかじゃ、ないんだ…」
「千秋、」
「うっ、ごめん、なさい…!ごめんなさい、ルーイン…!」
揺れるコンボスキニオンをぎゅっと胸元に抱き締めて、思わず膝をつく。自分のあまりの罪深さに、すぐにでも地獄の劫火に焼かれてしまいたかった。
身を挺して千秋を守って殺された母は、同じように人を無造作に殺めた千秋を見てどう思うのだろう。
「…母さん……!」
声になっていたか分からないような声で、讒言のように母を呼んだ。
こちらに手を伸ばそうとしていたらしいルーインの手がぴくりと止まり、離れていく。
次はルーインの近付く足音がする。しかし、それを大きな剣が、千秋とルーインの間を遮るようにして阻んだ。
「今のお前に、千秋に近寄る資格を与えるわけにはいかない。頭を冷やしてこい」
「……うん」
消え入るような小さな声でルーインが返事をした。そして足音が離れていくのを聞きながら目をコートの袖で擦ると、白い手袋に止められる。
「こら、擦るな。バクー市内に俺の家が所有するホテルがある、そこで休め」
「…っ、アーサー…」
「…すまない、こんなところで話させるべきじゃなかったな」
小声で謝ると、アーサーは千秋の目元を覆う。そして耳もとで囁くように詠唱した。これは睡眠に相手を落とすものだ。太刀打ちできるはずもなく、千秋は意識を手放した。
***
目を覚ますと、高級そうな寝室にいた。アーサーの言っていたホテルだろう。ゆっくり起き上がると、バルコニーにボサボサの髪が特徴的な男の後ろ姿があった。外はまだ夜のようだ。男はゆっくりとこちらを振り返る。
「…目、覚めた?」
「……」
「…おいで」
無言を返すと、優しくルーインはこちらに手招きする。あんなに泣いてしまったからだろうか、心は落ち着いていた。
誘われるまま広いバルコニーで隣に立つと、外は夜だというのに綺羅びやかなバクー市街の夜景が広がっていた。海岸沿いに立ち並ぶビル群はカラフルな光を投影され、その縁や道路には光を放つ線上の照明があった。夜空にはサーチライトのように光の柱が立ちあがり、その街の明かりはカスピ海に映っていた。
カスピ海から吹く風は冷たく、少し震える。すると、ルーインが肩を抱き寄せてくれた。珍しくシャンプーの匂いがする。
「…ぼかぁ、君のこと、何も分かってなかったんだなぁ」
「……何も、教えてないし」
「分かった気になって聞かなかったんだ。…いや、君のつらかったことを聞くのが、怖かったのかもしれない。それで、君に嫌われるかと思ってた」
静かに語るルーインは、やはりここでも意外なことを言った。嫌われるのが怖くて、昔のことを聞けなかったのだと。
「ルーインがそんなこと言うなんて」
「千秋のことになると、いつもの僕を忘れちゃうんだ。怖がったり、傷ついたり、怒ったり。そんなこと、自分でも無縁だと思ってたさ。…全部全部、君を本気で想ってるからなんだ」