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そこへ、廊下の方から声がかけられた。引率の祓魔師だ。
それには朝祇が返事をした。
「こっちです!」
「一ノ瀬君、志摩君!その部屋か!?」
「はい!」
祓魔師はすぐに扉の前に立ったようで、声がすぐ近くから聞こえて来た。足音は瓦礫を踏みつける鈍い音になっている。
「参ったな、封印系の魔法円だ…素人が適当なことするから…」
「どうします?破壊しますか?」
「いや、扉や壁を壊そうとすると逆効果だ。たぶん、これだと攻撃した者に跳ね返るな」
「げぇ、悪質やん…」
まず攻撃しようとしなくてよかった。祓魔師が来るのが遅ければきっと2人はもう攻撃を仕掛けていただろう。
「悪魔の掃討は終わったけど、あれだね、さっきの崩落でここに逃げちゃったんだね」
「すみません、入らないようにしようとは思ってたんですが…」
「いや、大したものでもないから気にしないで。これだけ壊して戦闘した俺のミスでもある。詠唱騎士の称号持ってる上級祓魔師を呼ばないとこれはどうしようもなさそうだから、連れてくるまで待っててもらえるか?」
「分かりました。どれくらいか検討はつきますか…?」
「ここは迂闊に鍵を使えないからな、鉄道で学園から連れてこないといけないし、そもそも皆出払ってる…ちょっと、日付は跨ぐかもしれない」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
それくらいなら問題はない。現在時刻は21時、3時間前後であれば大した長さではないだろう。たとえそれで来れなかったとしても、翌日には必ず誰かしらは来れる。
何より、廉造がいる。それだけで、大丈夫だと思えた。
「じゃあ待っててくれ!」
祓魔師はそう言って足早に屋敷の外へ向かった。その音が去っていってから、懐中電灯に照らされた2人は顔を見合わせる。
「一発やっとく?」
「アホ。他に仕掛けがないか探して、座れるとこ見つけよう」
***
部屋の中は空っぽで、家具などもなく、他に魔法円などの仕掛けもなかった。
「明かりあると虫見えるんじゃね?」「あ…」という会話によって懐中電灯は消され、一切の光源も窓もない部屋に2人は居座ることになった。1人だったら相当きつかっただろう。
床に適当に座った2人は、暗闇の中で並んで胡坐をかいている。なぜ姿勢が分かるのかと言えば、ぴったり体がくっついているからだ。
朝祇の右側に廉造の体温を感じている。
季節は冬、もう12月だ。暖房はないし、火をつければ換気のできない部屋では一酸化炭素中毒になってしまう。互いの熱しか暖を取る方法はない。
それでもかなり寒く、朝祇は思わず隙間風の冷たさに身震いした。
体が触れているため、それに気づいた廉造がこちらに意識を向けた。
「大丈夫?」
「あー…うん、平気」
「それ平気やないヤツやね、俺はよう分かっとるで」
そう言うと廉造は立ち上がり、朝祇の肩に触れて場所を確かめながら動いた。気配で後ろに回ったと分かる。
そして、廉造は朝祇を後ろから抱き締めるように座った。背中が廉造の上体にぴったりとくっつき、廉造の腕が腹に回る。吐息をすぐ近くに感じた。一気に触れる面積が増えて温かくなる。
「廉造…」
「あったかい?」
「おー…廉造は寒くないの」
「この体勢俺もあったかいし〜」
あまり凭れるわけにもいかない、と思って前の方に姿勢を傾けようとしたが、廉造の腕に止められた。むしろ後ろに引っ張られ、廉造に完全に凭れかかってしまう。
「ちょ、それつらいだろ」
「別に?朝祇よりは筋肉あるし、そないにつらないで」
「…たまにそういう格好いいことするのずるい」
「え〜、いつも格好ええやろ」
そんなことを軽く言いながら、朝祇はそっと前に回る廉造の手に自分のものを重ねた。廉造も応じて、朝祇の手を握り返す。だんだん指相撲のようになっていき、2人の動きが激しくなると、ついに廉造は姿勢を保てなくなり後ろに手をついた。倒れてはいないが、廉造は両腕を後ろの床について大きく後ろに傾く。それにつられて朝祇も後ろに凭れた。
「ほら耐えられなかったじゃん」
「それは指相撲のせいやろ」
「はは、マジこんなとこで何やってんだ俺たち」
「それなぁ〜」
くだらないやり取りに思わず笑うと、廉造もけらけらと笑った。その笑いで体が揺れる。それに合わせて、朝祇は若干姿勢を変えて、廉造の鎖骨あたりに自身の鼻先をすり寄せた。廉造はそれに気づくと、片手を自分の制服で拭ってから朝祇の頭を軽く撫でる。埃がつかないようにという配慮で、そんな小さなことまで朝祇のことを考える恋人が、朝祇は堪らなく愛しかった。
「…この状況、廉造とじゃなかったら耐えられなかったわ」
「はは、俺もや。もうちょい長引いてもええで」
「それは嫌だな」
「なんやねん」
また軽く笑い合い、他愛無い話を続ける。そうするうちにあっという間に時間は経ち、日付が変わる前に2人は祓魔師たちに助け出されることになった。
些細な任務の些細なアクシデントだったが、たまにはこういう時間も悪くないな、と思う朝祇だった。