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「いって…!こんの…」
「お先ぃ!」
その隙に金造が追い抜いて走り出した。柔造も後に続こうとしたが、金造は同じ結界を柔造の段ボールの前に出現させて地面に落とした。
魔障を受けていなければ見えないのをいいことに、もはや何でもありである。視界の隅で蝮が呆れたようにため息をついていた。
「金造ォ!」
「堪忍なぁ〜!」
遅れて柔造と明斗も走り出すが、金造は段ボールを4面から結界で囲んでバランスを保っている。これでは風で崩すことはできない。
「ちっ、こうなったら…」
「わぶっ!?」
明斗は金造の顔面に思いきり風を吹き付けさせた。驚いた金造が足を止めた隙に、柔造が結界に結界をぶつけて破壊する高等テクニックを披露した。直後に明斗が風を吹かせて段ボールを崩す。
「でかした明斗!」
「柔兄もさすが!」
柔造と明斗は走り出して金造を抜かす。そうして同じタイミングで最後の障害物までやって来た。
それは、いわゆる借り物競争。最短記録の高校生はここで時間をロスしていた。現在タイマーは5分58秒。時間がない。
2人は同時に札を引いた。明斗は『音楽プレイヤー』、柔造は『兄弟』である。ここで明斗は本来の目的を思い出す。
「柔兄走って!」
「はぁ!?」
「いいから!」
柔造はとりあえずといった感じでゴールへ走り出す。6分04秒。ゴールまでは30メートル。
「金兄!俺のこと運んで!」
そこへ、後ろから猛烈な勢いで走ってきた金造が段ボールを投げ捨てた。そこでそう叫ぶと、こちらもほとんど条件反射で明斗を抱き上げて走り出す。勢いを殺していないが、この速度では間に合わない。6分16秒。
「柔兄に投げて!」
そこで2人は意図に気付いたらしい。金造は頷いて、血管の浮かぶ腕をフルスイングして明斗をぶん投げた。もちろん風で調整してある。
素早くかつ確実に柔造は明斗をキャッチすると、そのまま走る。
そして追い風を吹かせ、柔造に抱かれたまま、ついにゴールテープを切った。
『ゴール!!記録は6分24秒!!更新です!!』
わぁ、と歓声が上がった。
係員に札を見せれば、兄弟と聞いて納得したように認めてくれた。おかげで最短画定である。
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズをした明斗だったが、柔造、そしてゴールした金造の笑顔に凍りつく。
「さっきはようやってくれたやないか…」
「へっ…い、いや、2人だって結構…」
「おいこらバカ息子ども!!なんちゅうことしてんねや!!」
しかし、さらに怒気を纏わせていたのは、他ならぬ八百造だった。人前であれだけのことをしたことにカンカンなのである。
「やだあの子かわえ〜」
さらには通り掛かった女子高生たちがそんなことを言い、柔造に抱えられたままだったこと、勝つことに集中し過ぎて大勢の前で2人に担がれたことを今さら理解し、明斗は穴があったら埋まって化石にでもなりたくなったのであった。
***
その後、何事もなく運動会は終了した。子供たちは片付けをするため、保護者は先に帰る。ちなみに、野菜は無事、志摩家に渡され明陀宗で分けられた。
年甲斐もなく騒いだ2人と、珍しく出張所以外のパブリックな場所に出た明斗は、帰宅したあと気疲れして居間でゴロゴロとしていた。
「…あっ!!」
すると突然、金造が声を上げる。びくりとしてしまうと、金造は明斗のところへずりずりとやって来るなり、仰向けになった明斗の上に馬乗りになった。体重は掛けられていないが、身動きはできない。
「えっ、なに…?」
「なにやないやろ!力使いよって!」
「いや、金兄たちだって使ってたじゃん…」
「せやった、お仕置きせんとあかんかったなぁ」
柔造まで金造に荷担してニヤニヤとしている。完全に分が悪い。
「り、理不尽…」
「兄貴はそういうもんやねん。んじゃ、いくで明斗!」
そう言うなり金造は明斗の腰を擽り始めた。弱いところを擽られ、途端に明斗は身をよじる。
「わっ!ちょ、くっ、はは、やめ、」
「ほれほれやめへんぞ〜」
「やったれ金造」
柔造は明斗の手を掴んで抵抗を封じる。おかげでもろに擽りを食らうことになってしまった。
「無理無理!ほんと、ふは、ちょっ、」
「参ったか〜」
「降参!ほんと!降参するから!」
明斗の息も絶え絶えの降参に、ようやく金造は擽るのをやめた。すっかり着替えた着物が着崩れてしまい、肩まで緩んでしまった。
「はぁ…はぁ…」
息を整えていると、なぜか金造と柔造は無言になった。そちらを見ると目を逸らされる。
なにかは分からないまま、金造が退いたので着物を正して起き上がった。胡座をかく柔造と金造はなぜか安心したように息をついた。
「…どうしたの?」
「なんでもあらへんよ。…それより、今日の明斗はあれやな、テンション高いんとちゃう?」
柔造は誤魔化すように笑ってそう言った。特に追求する気もない。ただ、テンションが高い、というのは分からなくて気になった。
「そうかな?全然自分では気付かないけど…」
「運動会楽しかったん?」
金造はちゃぶ台に肘をつき、優しく笑う。バカだバカだと言われる金造だが、その実こうやって明斗ですら気付いていなかったことまで見抜いてくる。
そう、楽しかったのだ。そして、嬉しかった。
保護者として廉造や竜士たちの面倒を見させてもらえたこと。初めて2人の兄と競争したこと。普段は経験できない障害物競争に参加できたこと。兄弟という札を認めてもらえたこと。八百造に『バカ息子ども』と息子として括られて怒られたこと。2人の兄に、こうやって弟として気兼ねなく構ってもらえること。
すべて新鮮で、楽しくて、そして嬉しかった。
それを2人に言うと、揃って明斗の頭を撫でてきた。
「はぁ〜ホンマかいらしなぁ〜」
金造はいつものようにデレデレとしながら。
「これからもぎょうさん、そないな思い出作ろうな」
柔造はそう微笑みながら。
その空間に、明斗は思う。
幸せを形にするならば、こういう光景のことを言うんだろう。