出会い
●出会い
柔造(18)×夢主(11)
明斗は白んできた空を見て、いよいよ自身の運命を悟った。母にはるばる京都まで連れられて、この廃墟のような寺に残され、「帰ってくるまで待ってなさい」と言われた。薄々こうなるだろうとは思っていたけれど、いざ現実味を帯びてくると、やはり目に浮かぶものをこらえることができなかった。
昔から、明斗の視界には他人には見えないモノが見えていた。その異形の姿は、まるで絵本やアニメに出てくる怪物のようで、よく怖いと泣いて親を困らせていた。
「いい加減にして!何もいないわよ!」
そう叫ぶ母を見て、幼いながらに明斗は悟ったのだ。自分は周りと違うのだと。
それからは見えていないように振る舞ったが、それも無理があり。学校ではクラスメイトに避けられ、教員にも親に心配する旨を伝えられていたほどだった。母は構って欲しがる子供である、という希望的観測を捨てたらしく、君の悪い存在として認識するようになった。
そんなことが分かるくらいには大人びた性格になった明斗だったが、所詮は子供だ。癇癪を起こすこともある。
そんな子供の他愛ない感情の発露は、最悪の形で具現化してしまった。何やら不思議な力が備わっていたらしく、明斗が心を乱すと、突然強風が吹き荒れ、人やものを傷付けたのだ。
家は何度もめちゃくちゃになり、母すらその風に血を流したこともあった。明斗はそれを見て、いつも泣きながら謝った。どんなに冷たくされようと、明斗にとっては最愛の母だったのだ。
しかし、母はもう限界だったらしい。おかしな言動に、謎の暴風を発生させる、そんな息子を育てられなくなったようだった。
そうして、明斗はここにいる。一人、山奥の寂れた寺に取り残され、誰かに拾われるのを待つ身となった。もう、きっと母は自分を息子とは思っていないのだろう。当然だと納得しながらも、明斗のまだ丸みを帯びた頬を涙が伝った。
***
志摩柔造は、父・八百造とともに洛北にある金剛深山の山中を歩いていた。時刻は早朝、夏と言えどまだ涼しさを感じる。
この山の奥には、柔造たちが属する明陀宗の本山、不動峯寺がある。今日は祓魔師でしか入れない寺の区画に行くために、朝からこうして出向いていた。
18歳の柔造は、この4月から正十字学園、および併設された正十字騎士團の祓魔塾を卒業し、正式に祓魔師となった。9年前に青い夜で亡くした長男に代わり家を継ぐ立場として、血の滲むような努力を続けてきた。いよいよ祓魔師になるにあたり、当主である八百造が僧正血統として知っておくべきことを教えるためにここへ来ている。
「ん…なんや、あの子」
だが、今日はイレギュラーなことがあった。普通は人が立ち入らない山奥の廃墟のような寺に、小学生くらいの少年がいたのだ。本殿の入口階段に座る様子は、普通でない。
「…悪魔か」
八百造はピンと気を張り詰め、錫杖を構える。柔造もそれに倣って錫杖を戦闘に対応できる構えで持つが、あの少年が悪魔のようには見えなかった。
「…おい、そこの少年!!何の用でここにおんねや!!」
いきなり怒鳴り付ける八百造に、少年はびくりとして顔を上げた。一目で僧侶と分かる格好の2人を見て、そして八百造の眼光を直視して、明らかに怯えた。
「悪戯やったら容赦せん!!こないな朝っぱらから何しるんや、答えぇ!!」
「おとん、そないに怒鳴らんでも…」
八百造が怒鳴る度に肩を揺らして怯える少年に、元来小さい子どもが好きな柔造は可哀想に思えてならず、八百造を諌めるが聞いていない。
「お、おかぁ、お母さんが、こ、ここ、で、」
少年は必死に伝えようとするが、怖くて震えているためか上手く喋れない。短気な八百造はすぐに痺れを切らし、「しゃっきり喋らんか!!」とまた怒鳴った。ついに涙目になった少年を見て、柔造は一歩前に出て八百造を止めた。
「おとん!坊さんが子ども怒鳴りつけてどうすんねん!」
「じゃかぁしい!」
ここは自分が出ようか、と思った次の瞬間、背後から殺気のような気配を感じ、咄嗟に錫杖を構えた。その途端、突然風が吹きすさび、2人の法衣の裾を切った。錫杖によって防げなかった足や腕、頬は切れて血が垂れる。
「ぐっ…!」
「柔造!」
八百造の前に立っていたからか、八百造はほとんど無傷だ。しかし、八百造は今ので完全に少年を敵と見なしたようだった。
「やはり悪魔やったな…!」
だが、少年は血を流す柔造を見て、さらに怯えた。その口元は、明らかに「ごめんなさい」と震えながら謝っている。何かおかしい、と柔造は錫杖をかざす八百造を再び制した。
「なんや柔造!」
「ちょお待ってや!俺が行く」
「なっ、何言うとんねん…っておい!」
八百造の言葉も聞かず、柔造は小声で詠唱しながら少年に向かって歩きだす。薄い結界のため、あまり効果は期待できないだろう。移動しながら強い結界を維持する力はまだない。
「君、大丈夫や。怖くないで」
「だ、だめです、近付いたら、また、」
「ええからええから。俺頑丈やさかい、それくらいじゃ何ともあらへんよ」
地面に血を垂らしながらでは説得力はないのか、少年は首を横に振り続ける。それでも柔造は足を止めない。
ゴオッ、とまた風が少年から吹き出して柔造に向かう。結界と錫杖を駆使して鎌鼬のようなそれを弾こうとするが、やはり一部は腕や肩を切って新たな血潮を地面にかけた。少年はもう完全に泣いてしまっている。
しかし、柔造はついに少年のもとにたどり着き、そして、その小さな体を抱き締めた。優しく、それでいて力強く。腕の中に抱いてありあまる小さな少年は、震えながらも強ばらせていたのを緩める。
「大丈夫、大丈夫やで。怖いことなんてあらへん、俺に任せて寝とき」
「ご、めんなさい、痛い、ですよね、ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「ええから。ほら、」
抱えあげて自分に寄り掛からせれば、泣いていたこともあってか、少年はすぐに眠りに落ちた。何があったのかはさっぱり分からないが、あの怯えた表情だけで今は十分、守るに値する存在だった。
もちろん、八百造から雷は落ちたのだが。
***
その後、落ち着いた少年の話を聞けば、名前は明斗といって、東京からやって来て母親に捨てられたらしい。わざわざ明陀宗の寺だったのは、この力を知って祟り寺と言われるここに預けた方がいいと考えたからなのだろう。普通なら犯罪案件なのだが、明斗は実際普通ではない。
悪魔が憑依しているわけでも、悪魔墜ちしているわけでもないが、確かに悪魔の力を持っている。考えられる最大の可能性は、悪魔が明斗の母親に孕ませた悪魔の血を引く者であるというものだ。恐らく、それで合っているだろう。
そこで、一般に預けることができないと判断した明陀宗は、明斗を引き取ることに決定した。子どもが多い志摩家が発見者でもあるため適任だろうということで、明斗は志摩家に養子入りすることとなったのだった。