愛の力学
●柔造(27)×主(19)
不浄王編から2年後の春
明斗が仁王立ちで立つ正面に、畳の上で正座する柔造。そんな2人の張り詰めた空気を、金造や一番隊の面々が襖からこっそりと伺っていた。
「俺が何に怒ってるか、柔兄、分かる?」
明斗は気配で金造たちに見られていることを察知してはいたが、気にせずに言葉を発した。すでに2人の関係は一番隊にも知られていて、他の祓魔師や八百造にもうすうす感づかれていた。だからこうやってあからさまにしていても大丈夫な状況になっており、明斗も気にせずに柔造を冷やかに見下ろしている。
柔造は笑顔を引き攣らせ、冷や汗をかきながら「えー」と答えを探り始めた。
「ホワイトデー忘れとったこと…?」
「……」
「あっ、埋め合わせにデートする約束忘れて仕事入れてもうたこと…?」
「……」
「…えと、あ、任務の終わり際に一番隊の前でキスしたこと?」
「おめでとう柔兄、全部だよ」
「わ、わーい、すんまへんした!!!」
柔造はがばりと頭を下げる。罪状は柔造が述べたすべてで、心当たりしかない柔造はそうするしかなかったのだろう。
襖からは金造や一番隊がざわつくのが伝わってきた。
「前さ、蝮姉さんから聞いたんだよね。女の人って、いろんなことの積み重ねが爆発して怒るから、きっかけになった事案の大小に関係しないばかりに男はなんでそんな怒るのか分からないって」
「へ、へぇ…」
「俺は女の人じゃないしさ、気の知れた柔兄に我慢することでもないし、今の全部、その都度その都度いろいろ言ってきたよね」
「お、おっしゃる通り…」
ことの発端はホワイトデー、柔造は忙しい日々の中でうっかり忘れていた。明斗としても、別にそうしたイベントごとは無理をすることもないので気にするなと言った。ただ、柔造に対して、良ければ別の形で埋め合わせてくれと言ったのだ。
それに対して柔造はデートの約束でもって対応したのだが、その日に柔造は他県での任務をいれてしまった。明斗はちょっとキレつつも、自分だけ休みを取ってもやることもないので、その任務に同行することにした。
その任務は数日にわたって続いたので、先日京都に戻れることになった。もう京都は桜満開で、2年前に虚無界ゲートが開いて世界的な大混乱が起こってしまって以降、それが落ち着いて観光客がまた増え始めていた。
そうして京都に戻ったとき、まだ一番隊もいるというのに、柔造は帰ってきて気が緩んだのか、不意に明斗にキスをかました。バレているとはいえ人前でそういうことをするなと常々言ってきた明斗はついにキレた。
そして今、所長への報告も終えて、2人きりとなったのをいいことに、明斗は柔造の前に立ちはだかっている。
「ほ、ホンマ堪忍てぇ…」
「それ、4回目だよね。柔兄最近たるんでんじゃない?虚無界ゲートの混乱が収まってきてるからって、気ぃ緩んでるよね」
「そないなことは、」
「あるよね?」
「あります」
笑顔で凄むと、柔造は即座にうなずいた。「柔兄そっくりや、あの笑顔」という金造のこわごわとした声ははっきり聞こえていた。
「罰として一か月禁欲ね。あと俺、八坂の二年坂近くにあるいつもの漬物食べたい」
「えっ!!一か月!?てか八坂ていっちゃん混んどる時期やんか…」
「ん?」
「うう…明斗がすっかり強うなってもうて…」
母と八百造に次いでこの家のヒエラルキートップであるはずの柔造だが、すっかり明斗の尻に敷かれている。最近ではそれを理解した金造や一番隊、祓魔師たちが、柔造への頼み事を明斗を経由するようになった。明斗とて理不尽なことは言わないのだが、柔造は滅法明斗に弱い。
一方、柔造はといえば、自分の正面で冷ややかにしている明斗に対して、「今日もかいらしな」と思っていた。確かに弱いが、かといって立場が逆転したわけでもない。二人は今、きちんと対等だった。
「分かった、俺が悪いさかい、漬物は明日買うてくるし、一か月我慢する」
「えっ、マジで我慢すんの…?」
どうやら頷くと思っていなかったらしい明斗が、慌てて「一か月は自分もきついけど今それ言うの恥ずかしい…」というようなことを葛藤しているのが分かる。そんな可愛さを前に、柔造に明斗の言う事を聞かないという選択肢なんて、もともと存在しないのだ。