プロローグ: 金沢防衛戦
●2030年
プロローグ
2030年5月、石川県金沢市。
香林坊の高層ホテルの屋上から、葛城玲弥は黒煙がいくつも立ち上る市街地を見渡す。双眼鏡で市役所の方を見てみれば、4階から敵兵が国防軍に向けて発砲しているのが見える。さらにその上の階では、取り残された職員や逃げ込んだ市民が後ろ手に拘束されているのも見えた。
「民間施設への偽装潜伏に市民の人質……はぁ〜めんどくさ、やっぱアジアは国際法もクソもねぇか」
足元の幹線道路にはひっきりなしに国防軍のトラックや戦車が行き交い、アスファルトが砕けていた。力なく倒れた信号の香林坊という文字が哀愁を感じさせた。
85年前の第二次大戦ですら本州での戦闘はなかったというのに、まさかこの2030年にそれが起こるとは。
「葛城大尉!」
そこへ、凛とした女性の声が後ろからかけられた。緩慢に振り返ると、白銀の長い髪をくくった迷彩服の女性がいた。
「…どーも、蝮さ…宝生二等兵」
名前で呼び掛けてしまうと、女性、宝生蝮は咳ばらいのあと敬礼をし、話し始める。
「市役所で戦闘中のモンからです。現在、国防軍と騎士團の第三中隊第三小隊が交戦中、間もなく国防軍は撤退するも第三小隊は戦闘を継続する模様。至急加勢されたし、とのことです」
「えー…誰から?」
「霧隠中尉からです」
第三中隊第三小隊といえば、日本支部の中で最も若い15歳の子供たちで構成されるところだ。といっても玲弥もそうなのだが。それにしても、経験がものを言うこの世界では子守りと言っても差し支えない。
「うわぁ…この借りは高くつくって伝言頼んます」
それに蝮が頷いた瞬間、屋上の扉が勢いよく開かれた。そこから出てきたのは明らかな敵兵。驚く蝮を玲弥はさっと抱えて、建物の縁へ。
「なっ…!?」
「掴まってて」
敵兵がこちらに銃口を向けたときにはもう、玲弥はホテルを飛び降りていた。ふわ、と内臓が置いていかれるような浮遊感とともに、落下が始まる。
それに合わせて、一度蝮から手を放して黒いベストから手榴弾を取り出す。安全ピンを外して屋上に向かって投擲し、すぐに蝮を抱え直して"力"を使えば、目の前の景色はホテルの窓から駐車場になっていた。
2人で着地したその瞬間、ドーン!!という爆発音が響く。100メートルほど向こうに、先程までいたホテルが見えていた。その屋上は爆発して煙に包まれており、衝撃で窓ガラスが砕け散る。
「な、なななんて無茶しとるんやあんたは!!」
すると、蝮が顔を赤くして怒鳴った。一応助けたつもりだったのだが、いけなかっただろうか。
首をかしげながら「…ごめん?」と言えば「謝って欲しいわけやないわ!」と怒られる。女の人って訳分かんないなぁ、と思いながら、玲弥は与えられた仕事をするべく、もう一度謝ってからその場を後にした。
***
「後は頼みます!」
そう叫んで撤退していくのは、税金で飯を食っているはずの国防軍だった。なんで傭兵の自分たちが、という気持ちなのは勝呂だけではないだろう。
二等兵の勝呂竜士を始め、特科大隊第三中隊第三小隊のメンバーは初めての実戦でひどく疲弊していた。
「ぅおらぁああしゃらくせぇええ!!」
いや、1名は元気よく青い炎を剣に纏わせながら銃弾を弾き、炎の斬撃を4階の敵兵に向かって放つ。あれは体力宇宙と隊内で称される三等兵の奥村燐だ。建物正面の広場のど真ん中に堂々と立っている。
「兄さん!人質がいたらどうする!!」
「あっ!やっべ、」
その隣でひたすら銃弾を叩き込むのが、燐の二卵性双生児の弟、奥村雪男。少尉で、この隊の隊長をしている。
「なんであたしがあいつの火消しなんて…!」
「神木さん、ガードは任せて!」
少し離れたところでは、アスファルトを突き破って幾重にも頑強な幹が生えた植物の楯があり、その後ろで二等兵の神木出雲と三等兵の杜山しえみが控えている。燐の炎が引火したところを、出雲が出現させた水で消し、しえみが植物の楯で掩護する。
勝呂を含む残りの隊員は、広場の前に止められたトラックの後ろで機会を伺っていた。
「坊、志摩さん、そろそろ行けはるやろか」
「だぁ〜…なんとか、」
「行けるで」
昔馴染みで三等兵の三輪子猫丸、志摩廉造に勝呂も首肯く。その後ろには三等兵の宝ねむもいるが、彼は後方要員なので今はなにもしていない。
廉造は念動でトラックを少し浮かせると、市役所へと動かし始めた。銃弾をトラックに守ってもらいながら、勝呂たちも合わせて進んでいく。
バチ、と勝呂は親指と人さし指の間で帯電を確認する。実戦がここまで消耗するものだとは思わなかった。