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少しずつ進んでいくと、子猫丸が小さく声を漏らした。感応能力によって誰から何か聞いたのだろう。
敵が発射した核弾頭ミサイルは、数時間前、金沢市に落下する前にイージス艦によって高高度で撃墜された。しかしこの高高度核爆発によって、金沢市一帯は放射線の影響であらゆる通信機器が使えなくなり、停電を起こしていた。そのため、無線によるやり取りができない。
子猫丸は任意の五感情報を選択して直接受容することができるため、特定の人物の声などを聞くことができる。こうした状況下では通信の役割ができた。
「蝮さんからです。霧隠中尉が応援を呼んでくれはったて…」
「応援?特科大隊が市内に全方位展開しとるのにか?」
勝呂は加勢に来てくれそうな隊など思い付かず怪訝にした。小隊は全部で9つ存在するが、いずれも金沢市内全域で交戦中のはずだ。
「へ…まさか、応援て…」
子猫丸が続いたらしい通信に目を見張った、そのとき。
目の前にさっと影が落ちた。突如として現れた人物を見上げ、思わず唖然とする。それだけ、綺麗な顔立ちだったのだ。男なのだが、人形のように見るものを魅了する。しかしその目は気だるげで、それが色気すら感じさせた。
勝呂たちと同い年くらいだろうか。白い半袖のTシャツに黒い防弾ベスト、黒いフィンガーレスのロング革手袋。ズボンとロングブーツも黒く、ズボンのものだろう幅の太いサスペンダーは両方とも腰の両側から垂れ下がっている。黒いキャップ帽もしていて一見すると黒ばかりだが、Tシャツと肌の白さでちょうどよく白黒のバランスが取れているようにも見えた。
「あー…加勢に来た、正十字騎士團日本支部、特科大隊准大尉の葛城だ。まぁ、よろしく」
意外と声が低いのだな、と思った瞬間、その名前と肩書きに愕然とした。噂に名高い、あの日本支部のエース。
隣の廉造たちも驚いていた。廉造は驚きのあまり念動を解いてしまい、トラックが地面に着地してギシギシと揺れた。その反応を見て、玲弥はやりづらそうに頬を掻く。
「あんたがあの…!」
「わり、眠いから一人でさっさと片すわ」
しかし玲弥はそう言うと、勝呂たちに構わず忽然とかき消えた。先程まで目の前にいたのに、まるで蜃気楼のように一瞬で消えたのだ。
「こ、これが転移能力…チートすぎひん?」
廉造が呟いた途端、再び目の前に人影が現れた。しかも、30人近くが一斉にだ。突然のことに、驚いてトラックに後頭部を打ち付けてしまった。どうやら、人質にされていた市役所の人々のようだ。
人々も何が起きたのか分からないのか、呆然としている。
ハッとして勝呂は人々に声をかけた。
「だ、大丈夫ですか皆さん!今縄解くんで!」
「い、いったい何が…」
スーツの男が辺りを見ながら言うが、勝呂は答えない。市民に対して、平の兵は情報を一切喋れないのだ。廉造たちも加わり人々の縄を外しにかかると、突然市役所から爆発音が響いた。人々が悲鳴を上げて伏せる。
それと同時に、三度、目の前に人影が現れた。傷ひとつない玲弥だ。人だかりの中で子猫丸を見付けると、「君、」と呼び掛ける。
「は、はい!」
「市役所制圧完了、敵兵掃討済み、2階分くらい吹っ飛ばしちゃったって伝えといて」
「は、い……」
まさか、このたった数分で市役所に立てこもった中隊規模の敵兵を掃討したというのか。子猫丸も驚きつつ能力を使う。
すると、背後からガラスの割れる音やコンクリートが砕ける轟音が響く。その場にいる全員が、崩壊していく茶色い建物に目を瞬かせた。
「あー…訂正、全壊させちゃってごめんって言っといて」
無表情ながら、やっちまったとばかりにバツの悪そうにして、玲弥は逃げるように姿を消した。