Contemporary I: devil’s warfare
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落ち着いて来たアルレシアは、次第に口調が荒くなり始めた。


「くそ、だいたいアルザスとロレーヌもらったならいいじゃねえか。ベルギーもフランスもイギリスもルーマニアも領土拡大してさ、俺とイタリアだけだろ、戦勝国で領土拡大してねえの。なのに賠償金までとかがめついわ!」

「…せやな」

「つかだいたいイギリスはなんなんだ!前に好きだとか言っておきながら冷たい目寄越しやがって!嫌いになることもないとか言ったのに!」


「なんやと?」

ぴくりとオランダが反応した。

「アルレ、どういうことや。イギリスが好きや言うたんか」

「あ?あぁ。独立戦争のときに。手紙で返事はいらない、って言われたからそのままだけど」

「あいつ…」

「どうかしたのか?」

「…いや。返事してないんやな?」

「あぁ。お互い普通にしてるし、いいんだよな…?」

「返事いらんゆうのは、返事が怖いっちゅーことでもあるやろ。逃げやざ。そのままにしねま」

「ん…」

納得したアルレシアはまたオランダの肩に頭を預けた。

オランダはそれを見て、自分も言いたい衝動に駆られる。

(いや…今言うんは卑怯や)

弱みに付け込むようにもとれる。


そういうことはしたくなかった。

眠いのか、だんだんアルレシアの体重がオランダにかかる。

頼られているようで、嬉しい。

今はこれでいいか、とオランダは自分に言い聞かせた。

「…ねむ」

「寝てええで」

「さんきゅ…」

アルレシアはそのまま眠りについてしまった。

完全に体重がオランダにかかるが、まったく重くない。


「おやすみ…レイス」


普段は呼べない、個人名。


アルレシア自身が好きなんだ、という気持ちを篭めて呼んだ。

呼んだだけで、さらに愛しさが込み上げる。

オランダはアルレシアを抱き抱えたままソファーに横たわった。

抱きまくらのようにしつつ、愛しさのままに抱きしめる。

そして、自分も目を閉じて意識を手放した。

***


天文学的な賠償金を課せられたドイツは、日々鳩時計の生産に追われた。

一方、戦後領土の拡大ができなかったイタリアでは、その不満からヴェルサイユ体制に反発する右翼が台頭していた。

ファシズムの始まりである。

ファシズム勢力はドイツの右翼勢力に接近し、密かに連絡を取った。



そんな中、ドイツは賠償金支払い延期を要求。

アルレシアは了承したが、フランスとベルギーは反対した。


「加害者のくせにそんなこと許されるわけないだろ!いくよベルギー!」

「えっ、ウチも?まぁええけど…」

そうしてフランスとベルギーはルール地方を占領するという暴挙に出た。

さすがにこれには国際社会の批判が集まり、ルールの人々もストライキを起こして生産を止めたため、得るところはなかった。


それどころか、ルールの工業生産の停止によりマルクは1兆分の1にまで下落、破滅的なハイパーインフレーションとなってしまった。



「お、おいドイツ、大丈夫か…」

アルレシアはドイツの家を訪れたが、その顔色の悪さに唖然とする。

熱が高いのだろう、赤みがさした顔に浮かぶ汗、息も荒い。

それでも鳩時計を作り続けている。

「少しは休めよ…」

「それは無理だ。まだ全然返済できていない」

「そうは言っても…ルールなしじゃ返済は無理だろ」

「だからと言ってやめるわけにはいかない」


ドイツは聞かない。

永世中立という立場では、ドイツを手伝うことは難しい。

「なぁ、じゃあライ麦パンくらいは買って来てやるよ」

「それは助かる…2kg分頼む」

「おー。いくらだ?」

「4020億マルクで足りるだろ」

「…ん?4020億マルク?」

「あぁ。リヤカーなら倉庫にある。その横の金庫に12兆マルク入ってるから、取り出して運んでくれ」

「……」

1923年11月の段階で、ライ麦パン1kgは2010億マルクだ。

この月に新通貨レンテンマルクが発行され、1レンテンマルク=1兆マルクとした。

それが普及するまでインフレは続き、12月にはライ麦パン1kgは3990億マルクに達した。

それを見てアルレシアは、アメリカに早急に手を打つよう電話した。

「なぁ、ほんとこのままじゃまずいって」

『それは俺も気にしてるんだ。今のフランスの政権がルール占領で批判されてるから、次は左翼が政権を取るはずだよ』

「じゃあその後になんとかするんだな?」

『あぁ。俺も通貨の変換が面倒だからね、ついでにドルで賠償金を設定するよ』

「そうか…ならいいんだ」

『やけに気にするな』

「…こんなこと、初めてだから。俺も動揺してるのかもしれない」

長くヨーロッパを眺めて来たが、こんなことは初めてだった。

国民が一丸となって戦い、飛行機や戦車、毒ガスなどいかに人を殺すかに長けた兵器が現れた。

戦後は感情論で賠償金が決まり、すでにイタリアで右翼が台頭している。

初めて体験する時代に、これからドイツがどうなってしまうのか不安だった。

『そうなのかい?まぁ大丈夫なんだぞ!俺がいるからね!』

通常運行のアメリカに、ふ、とアルレシアは笑いを漏らす。

「そうだな…期待してる」

『えっ…あ、あぁ』

たじろぐアメリカにまた少し笑ってから通話を切った。



1924年6月、フランスで左派連合が政権を取り、アメリカはドーズ案を提案した。

アメリカ資本をドイツに導入し経済復興を促し、各国への賠償金を払い、各国が負債をアメリカに返す、という循環だ。

また、支払い額を向こう5年間で2億3500万ドル〜5億8700万ドルと設定した。

ドイツの賠償金と経済混乱は緩和し、1925年8月にはフランスとベルギーがルールから撤兵した。


こうして1920年代後半には、世界は平和に向けて歩みを進めた。

ドイツの提案で1925年12月にロカルノ条約が結ばれ、イギリスやフランス、イタリア、ベルギーなど7か国の国境不可侵とラインラント非武装が決められた。

太平洋地域でも軍縮が進み、アメリカ、イギリス、日本などが海軍軍縮を決めた。


そして1926年9月、ドイツが国際連盟に加盟した。




1928年8月のパリ不戦条約にはアルレシアも参加し、初めて戦争が違法だと決められた。

これにはアルレシアもほっとした。

ようやく、平和が訪れるのだ、と。

一時はどうなるかと思ったが、1929年6月にはヤング案が発表され、賠償金は59年間に実質358億金マルクにまで減額された。

ドイツの問題も解決しそうだし、このままいけば。



そう期待していた。




その年の、10月24日までは。



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