Contemporary II: the sin
−3
「アルレ!?」
オランダはぎょっとして、ほぼ反射でアルレシアを抱き締めた。
ノルウェーから激しい殺意を向けられるが無視だ。
「悪い…なんか、いつも通りっつうか…戻れねえのかなって…」
なんだかんだと騒がしい国たち。
その騒ぎは確かに、長い歴史の積み重ねの上にある信頼だとかに立脚するものだ。
そういったものが崩れてしまった気がして。
それを垣間見た今、つい涙腺が緩んでしまった。
「アルレ…大丈夫や、俺は絶対裏切らんしどこかにも行かん。前にも言うたけど…俺の前で我慢はいらん」
優しく背中を撫でられ、目の前の胸元に目元を押し付ける。
ノルウェーたちも黙ったままだ。
鼻の奥がつんとして、胸から何かが込み上げる。
「もう…置いてかれたくねえのに…!」
ローマ帝国や国王、首相。
結局失う歴史を辿ることが虚しい。
涙は、しばらく止まらなかった。
***
1943年10月。
ドイツに占領されてから、2年が経った。
ドイツに、とは言っても、実際にはオランダたちの占領軍によって支配されたためドイツとは会わなかった。
あのあとすぐ始まった独ソ戦でドイツは苦戦し、1943年9月にはイタリアも降伏した。
アメリカも参戦して世界大戦となり、ドイツの敗北が有力視されるようになっていた。
そんな中、従属を続ける左派に対して、抗戦を求める右派が激しく糾弾するようになった。
やがてイタリア降伏やドイツの東方での苦戦を見て、とうとう右派は左派政権に対してクーデターを引き起こした。
それは大きな戦いに発展し、やがて内戦となった。
第一次アルレシア内戦の始まりである。
「なぜ右派について下さらないのです!」
アルレシアは執務室で右派の政治家に詰め寄られていた。
アルレシアがついた方は圧倒的な国民の支持を受けるから、という魂胆らしい。
内戦状態に陥ったことで人々は混乱し、そのすきに共産党が力を増していた。
アルレシアは内戦による体の痛みでそれどころではない。
「…人間は人間でやりなさい」
「しかし…」
この内戦には外部からの干渉も働いている。
ドイツの支援を受ける左派、連合軍の支援を受ける右派で分かれて戦っている。
オランダたちはドイツ側につくよう言われているが、実質の戦闘はアルレシア人同士で行われており、手が出せない。
「内戦なんてしてる場合か…?」
「今左派のやつらを排除しなければ!そして連合側について参戦するのです!」
「…帰りなさい」
有無を言わせぬ口調で言うと、右派の男は悔しげに去っていった。
「くっ…はぁ、」
体の内側から沸き上がる痛みに吐き気がする。
それに耐えながら、アルレシアは東方に思いを馳せる。
無理矢理枢軸で参加させられたルーマニア、ハンガリー、ブルガリアは、異国の地でこの痛みを受けているのだ。
激戦地であるウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、バルト三国、フィンランドも巻き込まれた形だ。
そういう国ばかりなのだ、今は。
もう嫌だ、そんな言葉は、口には出せなかった。
突然ドイツがやって来たのは、翌年の1月のことだった。
すでにドイツは敗色を滲ませ、ロシアでは撤退を強いられている。
焦りがあるようだった。
オランダ、ノルウェー、デンマーク、アルレシアが集まる屋敷の部屋に、いきなり現れたのだ。
「アルレシア、この内戦を早急に終わらせろ」
久々のドイツの声。
思わず答えそうになるが、口をつぐむ。
もう2度と、ドイツと話すことはない。
顔を背けたアルレシアに、ドイツは予想していたのか、表情を変えなかった。
少しだけ悲しそうにしたのは、きっとアルレシアやプロイセンにしかわからない変化だったが、アルレシアは見ていない。
「…なら、オランダ、ノルウェー、デンマーク、アルレシアへ攻撃しろ」
「断る」
ドイツが言い終わるかどうかのうちに、オランダはきっぱり言った。
「アルレを裏切ることはせん」
「俺もだっぺ!」
「俺もだ」
オランダたちは、アルレシアの前に庇うように並んだ。
「ちょ、お前ら…」
そんなことをすれば危険だ、と言おうとしたが、ノルウェーに阻まれる。
「気にすんでね。…曲げられねえもんがあるだけだ」
ドイツを睨むノルウェーの目は、普段の緩さが霧散している。
デンマークですら、あまりに真剣な瞳だった。
「…命令違反、ということでいいな」
しかしドイツも拳銃を構えた。
「なっ…!」
アルレシアは驚いて飛び出そうとしたが、ドイツはトリガーを引く。
瞬間、アルレシアの背後からうめき声が聞こえた。
「は…?」
慌てて振り返ると、床に倒れ伏す、銃を持った男。
よく見れば、あの右派の男だった。
「なん、で…」
「殺してやる…つもりだったんだが、な…」
男は途切れ途切れにそう言った。
アルレシアを、殺すつもりだったのか。
右派につかないくらいなら、というところか。
事切れた男に、もう聞く術はない。
さらにバタン、と扉が閉まる音がしてそちらを見ると、ドイツがいなくなっている。
「ドイツ…」
オランダたちも不思議そうだ。
「助けて…もらったのか…」
今、何を考えているんだろう。
そんなことすら聞けない相手になってしまっていた。
1944年。
6月より世紀の大作戦、ノルマンディー上陸作戦が始まった。
そこからアメリカを含む連合軍は占領地域を次々と解放していく。
その12月には、アルレシアにも連合軍が上陸した。
内戦中であったが、右派の協力で上陸は容易く成功し、あっという間に首都へ入城する。
「アルレシア!お兄さんが助けに来たよ!」
「お前が乗ってたの俺の船だろうが!」
「ほとんど俺の海軍なんだぞおっさんたち」
フランス、イギリス、アメリカが騒ぎながらまだ焼け野はらのままの首都を歩く。
アルレシアと一応占領軍のオランダたちはそれを出迎えた。
とっくにオランダたちも武装解除し、イギリスたちは戦わずしての無血入城をパリについで達成したのだ。
左派政権は崩壊し戦犯として捕らえられ、連合軍による仮統治体制下に入る。
「アルレシア、怪我はねえか」
イギリスは心配そうにアルレシアの肩を叩く。
「こことか大丈夫!?」
フランスは尻を触ろうとしたが、オランダが拳で黙らせた。
「47年までに選挙を行えるようにするよ」
アメリカは呆れたようにフランスを見てから、辺りを見渡してそう言った。
「悪い、世話になる」
政治基盤が崩壊し、すぐに選挙は行えないのが実状だ。
それが建て直されるまでは、イギリスを中心に連合軍が仮の統治を行う。
ドイツ降伏までのアルレシア国内における連合軍駐留の理由づけでもあるだろうが、治安が最悪な今、贅沢は言えない。
イギリスとフランスがまた騒ぎ始めると、曇天の空から雪が降り始めた。
「あっ!雪なんだぞ!」
「ガキでねえか」
「雪降ってきたっぺぇ!」
「デンマーク…」
アメリカ、デンマークも騒ぎだし、いい歳したおじさんたちが廃墟の真ん中で雪と戯れだす。
珍しいものでもあるまいし、と思うが、アルレシアも表情を緩めた。
「もうすぐや」
オランダが穏やかな表情で言った。
「そうだな」
もうすぐ戦いは終わる。
そう感じさせる雪だった。
1945年、5月。ヨーロッパ終戦。
しかしそれは、終わりの始まりに過ぎなかった。