Early Modern II: cannot be independent
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1618年。


神聖ローマ帝国のベーメンより、最後にして最大の宗教戦争が始まった。

ボヘミアの新教徒たちが、カトリックの帝国に対して反乱を起こし、帝国がそれを鎮圧にかかったのだ。抑圧、弾圧、強硬な姿勢は新教国の反感を買う。
そして、宗教という大義名分に隠して、各国が己の利権を衝突させる国際紛争としての幕開けも、また自然な出来事だった。

ボヘミアに味方したプロテスタントはプファルツ選帝侯のみで、諸侯のプロテスタント筆頭のザクセンはプファルツ選帝侯と敵対していたため黙殺した。結果、オーストリアとスペインによってボヘミアとプファルツはボコボコにされ、プファルツはスペインに占領された。
停戦協定の期限切れが迫る中、プファルツが占領されることは、ミラノからネーデルラントまで続くスペイン回廊というスペイン領の並びを強化することに繋がり、オランダたちをピリピリさせていた。




「こんなごど許せねぇ!俺が懲らしめてやる!」

「…や、俺に言われてもな」


そんなときにわざわざオランダの家に来て、さらにオランダではなくアルレシアを呼んだ、デンマーク。
なぜキリスト教ではない上、オランダ領下にあるアルレシアに言うのか。

アルレシアの隣ではオランダが目を閉じて聞いている。


「なんとなくだな!」

「久しぶりの挨拶にしてはずいぶんだな?」


厭味を込めて言ったが、「そういや久しぶりだったな!元気いがっぺ?」と笑う始末だ。

オランダには諦めろのサインを頂く。
アルレシアはため息をついて、デンマークに向き直った。


「俺は元気だよ。それより、結局どうすんの?」

「んー、迷いどこだな。よその国の内乱に突っ込むんだかんな」

「オランダは?」


同じ新教国のオランダを見上げる。


「参戦はせん。武器は売る」


簡潔にがめつい。
実際儲かるし、アルレシアにも損はない。それに、スペインとの再戦が視野に入っている今、余計な軍備はしたくない。


「じゃ、俺も手伝う」

「…ええんか」


わざわざ従う必要はないと言外に伝わる。だがアルレシアとて、商機を逸するつもりはない。


「ん。金入るし。てことでデンマーク、俺とオランダが武器を友達価格で売ってやるから、行っちゃえ」


がめつさはオランダに引けをとらないアルレシアは、デンマークをたきつけた。


(どうせ負けるし)


買うだけ買って頂こう。

単純なデンマークは、「そんなら心づえーな!」と乗り気になった。ちょろい。
オランダに目配せすると、指を4本立てた。

分け前は4割でいいという合図だ。

アルレシアがデンマークのたきつけに成功したからだろう。アルレシアは頷いて、収支の計算を始めた。






1625年、デンマークが介入。

結果、すぐにボロ負けした。


***




デンマークの参戦は大した影響を及ぼさなかったが、この戦争が内乱から国家間の戦争に移行したことを示した。


"国家"として戦争を行うことが国民意識に与える影響は大きく、近代の主権国家体制確立は秒読みとなった。


1630年、新教国スウェーデンも参戦。
善戦し、帝国側は甚大な被害を受けた。なんとかスウェーデンを撃退した帝国だったが、その勝利を喜べるような状況ではとてもなかった。


この頃から帝国は、金で兵士を雇う傭兵を本格的に使い始めた。
彼らは自由に暴れ、戦いよりも途中の街を破壊し略奪する方に重きを置いた。小都市や村を中心に、人々を殺戮しその財産を奪う。


街の木には殺された人々が吊され、村一つが全滅した場所もあった。その恐ろしい光景は瞬く間に帝国中に広がり、極度の荒廃が始まった。




オランダで武器を売り付けるアルレシアもそれを聞き、顔を曇らせた。


「傭兵なんか雇うから…」


他人は何とでも言えるが、それでもそう思ってしまう。


「まったくやざ」


オランダも渋面だ。


「…よし、」


アルレシアは何かを思い立つと、紙に何かを書き出した。オランダはそれを覗く。


「難民を受け入れようと思って。船を増やして、金取らずに入れる」

「アルレらしくてええんやないか」


紙にはその旨が丁寧に印され、それを使用人に渡した。


「本国へ」

「かしこまりました」


話を聞いていた使用人は、微笑みながら受け取る。


「多くの命が救われましょう」

「だといいな」


使用人はすぐにそれを持って姿を消した。
アルレシアはため息をつく。


「きっと…この荒廃は長くあの地を支配する。後々の時代に、悪い影響があるかもしれないな」

「…勘かなんかか」

「ただの勘」


それは、現実になる。


三十年戦争により、人口は三分の一にまで減り、長きにわたりドイツを後進国にした。
ちなみに、アルレシアに渡ったドイツ人は5万人ほどで、大部分が首都で一カ所に集まったため、首都にはドイツ人地区が生まれた。


そしてこの荒廃を取り戻すべく富国強兵が行われ、それこそが、世界大戦の対立構造を生むことになるのだ。





結局、旧教国フランスが新教国側に立ったことで宗教戦争からただの国際紛争に発展し、1648年、ウェストファリア講和で終結する。

神聖ローマ帝国の領邦すべてが独立して帝国は実質崩壊し、主権国家体制が確立。

オランダの独立もこの時承認された。

大陸部で歴史的な変革が達成された一方、イギリスでは清教徒革命が始まっており、1649年、イギリスは共和政になる。

そして、これはアルレシアの新たな苦難へと繋がるのだった。


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